兵庫県立姫路工業高校
演劇しようぜ。
高校演劇の目玉といえば、全国各地で行われる大会だ。けれど一方で、大会だけが高校演劇のすべてでもない。様々な高校が、それぞれの地域で個性豊かな活動を展開している。姫路工業高校演劇部も、そんな特色ある高校のひとつだ。2015年の公演数は、延べ16本。校内公演のみならず、地元のホールを借りた自主公演から各校の集うフェスティバル、さらに地域の幼稚園や保育所を対象とした訪問公演まで、活発に公演を打っている。演劇をすることが楽しくて楽しくて仕方ない。そんな言葉が聞こえてきそうなほどに充実した活動の裏側には何があるのだろか。彼らの1日を覗いてみた。
(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)
姫工演劇部の1日は、ゴミ拾いから始まる。
姫路工業高校演劇部の1日は、ちょっと変わった光景から始まった。手には火バサミとビニル袋。ミーティングを終えると、複数のチームに分かれて、ぞろぞろ校外を歩きはじめる。そう、これが姫路工業高校演劇部恒例の朝のゴミ拾いだ。地域活動の一環に見えるかもしれないが、本質的な狙いは別にある。その目的は、違和感の発見だ。
姿勢や歩き方、立ち位置など見た目の問題から、気持ちのつながり、行動心理など内面描写まで、お芝居の練習をしていればいろんな違和感に直面する。その違和感にどれだけ早く気づき、修正を加えられるか。それが公演全体の完成度につながっていく。しかし、洞察力が鈍っていると、舞台上に混在する違和感に気づくことさえできない。その観察眼を鍛えるために、街へ出て、ゴミを拾うのだ。
実際、彼らの列についていくと、視点の違いに驚かされる。火バサミを振りながら何となく進んでいく者もいれば、側溝の隅に追いやられたチューイングガムの包み紙にも注意深く反応する者もいる。すれ違う地域の人たちへ「おはようございます」の挨拶も欠かさない。時間にして20~30分。公演直前でも、驚くことに会場入りの日も欠かさず行う、彼らの儀式とも呼べる基礎訓練だ。
カッコいい劇がやりたい。その想いが生んだ『ハイスクール天守物語』。
姫路工業高校演劇部と言えば、昨年県大会に進出した『ハイスクール天守物語』が大きな話題を呼んだ。ダンスなどの身体パフォーマンスを多用した、高校演劇ではなかなか見られないド派手なエンターテイメント。その始まりは、「カッコいい劇がやりたい」という生徒たちのストレートな表現欲求にあった。OBの山本は言う。
「うちの代はわりとカッコいい劇がやりたいってヤツが多くて。もともと運動神経がいいヤツも多かったんで、何か身体を動かせるものがやりたかったんですよ。で、その頃、ちょうどHIMEJI DREAM FESTA2015って姫路青年会議所が主催のイベントに出ることが決まっていて。せっかく姫路のみなさんに観ていただくんなら、姫路城に由来のあるものがやりたいっていうことで、決まったのが『ハイスクール天守物語』だったんです」
『ハイスクール天守物語』の見どころは、何と言ってもアクロバティックな演出だ。冒頭のダンスシーンから豪快なバク転やロンダートをこれでもかと盛り込み、観客の度肝を抜いた。実はこうした本格的なアクロバットに取り組むようになったのは、『ハイスクール天守物語』が初めてだと言う。だが、顧問の岡本教諭の受け持ちは国語。体操競技の専門家ではない。では、いったいどうやってあの難技を身につけたのか。
その陰の功労者が、同校OGの知人である畔田稔氏だった。畔田氏は、もともと器械体操の選手。姫工演劇部がアクロバットに挑戦しようとしていることを聞きつけ、厚意で指導をしてくれることとなったのだ。畔田氏の丁寧な指導に支えられ、部員たちは次々と高難度の技を習得。“動ける役者”が多数いることが、姫工演劇部の大きな魅力となった。
以来、こうしたマット運動は、基礎練習でも日常的に取り入れられている。この日も前転から始まり、倒立前転、ハンドスプリングと華麗なアクロバットを次々と披露していく。それも、男女関わらずだ。その光景は、演劇部というよりも、むしろ器械体操部に近い。部員たちも「文化部というより、ほとんど運動部」と笑う。他の高校演劇ではなかなか見られないエンタメ色の強いステージは、こうした日々の汗と努力によって裏打ちされているのだ。
部署の垣根をこえて、みんなでつくる本気の舞台美術。
もうひとつ姫工演劇部の強烈な個性として挙げられるのが、その本格的な舞台美術や衣裳だろう。『ハイスクール天守物語』でも襖や書割を用いた装置に、豪華絢爛な着物姿で、泉鏡花の神秘あふれる幻想文学の世界を舞台上につくり出した。
実は、部室の前に堆く積まれた十数枚の平台も、生徒たちの手づくり(!)。仕込み時間に制限のある高校演劇では、所定の時間内に大規模な装置を組むことは難しい。そのため、自前の平台を使って、あらかじめセットを組んだ状態で会場へ搬入し、仕込み時間を短縮しているのだ。
工業高校といえ、決してこうした製作作業が得意な面々ばかりではないと言う。いつも練習が終わった後に、有志が残って作業を進めた。2年の橘は「日が変わるギリギリまでやっていたこともある」と明かす。OBの山本も「終電を逃してチャリで帰ったことも」と懐かしむ。中には、近所の友達の家に泊まりがけで作業をしたツワモノもいると言う。けれど、そう振り返る彼らの顔に、“やらされ感”は一切ない。そこにあるのは、時間を忘れて、何かに熱中した経験を持つ者だけが見せる爽快な笑顔だ。その表情が、日々の充実ぶりを物語っている。
生徒が一生懸命だからこそ、周りも力を貸してあげたくなる。
また、華やかな着物もすべて顧問の岡本教諭がリサイクルショップをまわってかき集めたもの。1着100円200円という古着物を舞台用に仕立て直した。ここで大きな活躍を見せたのが、生徒たちの保護者だった。ひとり、またひとりと協力者が現れ、縫製作業を手伝ってくれた。
部活ばっかりしてないで勉強をしなさい。そう眉をしかめる保護者も多い現代の部活事情。実際、姫工演劇部は決して全国大会の常連というわけではない、ごく普通の高校の演劇部だ。部活の取り組みが進路に有利に働くとは決して言いがたい。それでも、なぜこれだけたくさんの大人たちが力を貸したいと思うのか。その理由を、岡本教諭は「生徒たちが一生懸命だからでしょうかね」と分析する。
「生徒たちが一生懸命やってないと気持ちなんて絶対に伝わらない。彼らが一生懸命だから、周りの大人たちも何かをしてあげたいって思うんじゃないでしょうか」
実際、姫工演劇部には、「ある禁句がある」とOBの山本が教えてくれた。
「最初から“無理や、できひん”は言っちゃダメ。“無理じゃない。やればできるんや”って、いつもそう自分らに言い聞かせてやってきました」
最初は、「カッコいい劇がやりたい」というシンプルな動機だった。だが、エンターテイメント性を追求すればするほど、技術や能力、時間や予算など様々な壁にぶちあたってしまう。その中で妥協を覚え、スケールを縮小させていくのが現実だろう。
だが、彼らは諦めることをしなかった。不可能を可能にするため、何事にも全力でぶつかっていく。その姿に周りは動かされ、夢を見ていく。熱烈なファンを生んだ『ハイスクール天守物語』を支えたのは、彼らのやりたいことをとことんやるんだという熱いハートに他ならない。
認めてもらいたいではなく、観てもらいたい。
彼らの活発な活動内容を支えるもうひとつの動力源が、「お客様に観てもらいたい」という気持ちだ。姫工演劇部では、上演した舞台を積極的にYouTubeで公開している。決して自分たちの出来栄えに自信があるからではない。むしろ下手くそなのは承知の上。それでもお客様に観てもらわなければ始まらない、という至極単純な事実を彼らは本能的に理解しているのだ。
「認めてもらいたいわけじゃない。観ていただきたい。そういう気持ちですね」
部員たちの表現者としての純粋な欲求を、顧問の岡本教諭はそう代弁する。演目も大会が終わったら、それで終了というわけではない。県大会の上演が終わった直後、部員たちの間から「自分たちの芝居はこんなもんじゃない」という声が自然発生した。このお芝居をやりきりたい。もっと多くの人に観てもらいたい。そんな部員たちの想いに応え、岡本教諭は会場手配に尽力。「これで見納めファイナルステージ」と銘打ち、『ハイスクール天守物語』は年明け間もない1月5日に再演。年始早々、447名の観客を動員した。
「部活は面白いし、みんなといると楽しい。だから、休みがなくても全然平気です」
お正月休みは2日まで。3日からは練習をしていたという多忙な毎日に対しても、2年の橘はそう笑顔で言ってのける。
「内輪だけですませないっていうのは、僕たちの特徴のひとつ。いろんな人に観てもらった方がやりがいもあるし、まったく知らない人に観てもらった方が勉強になります」
みんなに観てもらうために。今日も姫工演劇部は舞台に立つ。
そのための努力も惜しまない。チラシはデザイン科の部員によるこだわりの作品。『ハイスクール天守物語』ではチラシは秋公演・特別公演あわせて合計5万枚印刷した。それをDMに封入し、400名近い顧客に郵送する。もちろん挟みこみも怠らない。地域の行事があれば連絡をとり、チラシを置いてもらえるようにアピールする。
たとえば、この6月4日・5日に「ふるさと貢献活動事業にかかる演劇部児童劇」と題して行われた児童劇プレゼンテーション公演『モチモチの木』では、姫路市内の全小学校・幼稚園・保育所・こども園の全幼児童約4万人に各校園所を通じて案内を配布。その結果、全6回のステージで、3歳児以上の来場者数は延べ891名を記録。彼らの「観てもらいたい」という熱意と努力が、人を動かし、人を楽しませているのだ。
ここまで活動範囲が広がれば、当然気になるのは制作費の問題だ。だが、実はこの資金調達においても高校演劇としては異例の取り組みがなされている。姫工演劇部は、活動内容に共感した地元企業から協賛を募り、そのバックアップをもとに公演を行っているのだ。クレジットを見ると、後援として市や教育委員会に商工会議所、協賛に各企業がズラリを並んでいる。もちろんスタッフには保護者やOBOGの名前も欠かさない。部員だけが、演劇部ではない。支えてくれる全員の力があって、姫工演劇部の公演があるのだ。この“周囲を巻き込む力”こそが、姫工演劇部の最大の武器と言えるだろう。
「演劇部なんだから、やっぱり演劇しようぜって。そういう気持ちで部活をやっています」
教師生活の大半を演劇部顧問として歩んだ岡本教諭。その道のりは、語り尽くせぬ紆余曲折があった。そして今、最も根源的で、本質的な想いに立ち返り、部員たちの青春を陰で支えている。
「岡本先生にはいっぱいお世話になっている。だから、僕らがいる間に、先生を全国へ連れていってあげたいという気持ちはあります」
2年の橘が本音をそう話した。大会だけがすべてではない。だが、彼のこぼした言葉もまた偽らざる高校生の本心だろう。いろんな気持ちを乗せて、姫工演劇部は今日も練習に励み、そしてどこかで公演を打つ。その場所はどこかの幼稚園かもしれないし、地域の公民館かもしれない。もちろん、大会の舞台もそのひとつ。ただ、場所なんていうものは、彼らにとってそれほど重要ではないはずだ。なぜなら、みんなでお芝居をつくることが、そしてそれを観て楽しんでもらうことが、彼らのいちばんの喜びなのだから。
※文中に表記されている学年は、取材時のものです。
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