演劇集団キャラメルボックス

【加藤昌史インタビュー(2)】新しい世代にしかできないことが、きっとある。

キャラメルボックスと高校演劇のつながりは深い。同劇団では、初期の頃から高校演劇生に対する観劇支援を行ってきた。また、今でも様々な機会で全国の高校がキャラメルボックスの作品を上演している。
長年、多くの演劇人を見てきた加藤の目に、高校演劇はどのように映っているのだろうか。また、これまで革新的な取り組みで話題をさらってきた演劇界の名物プロデューサーは、今、その胸にどんな未来を描いているのだろうか。ここから先の話は、演劇を愛し続けた男が贈る新しい世代へのエールと挑戦状だ。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa  Assistant by Ai Miyazaki)

なぜプロの演劇人は高校演劇に目を向けないのか。

――では、ここからは高校演劇についてお話を伺っていきます。

まず聞きたいのが、果たしてプロの劇団が一体どれくらい高校演劇に注目しているかということです。たとえば、高校野球のように直接プロがスカウトに来るということが、今、高校演劇の世界ではどれくらい行われているんでしょうか。

――どうなんでしょう。正直、あまり聞いたことがないですね。

審査員として参加することはあっても、優秀な高校生の俳優を見に行っているということはないような気がするんですよね。基本的にプロは高校演劇を視野に入れていないし、興味を持っていない。そこに問題があると思います。僕、一度、NHKの番組で高校演劇の全国最優秀のお芝居を見せてもらったことがあるんですよ。

――それ、僕もテレビで観ました。『ホット・チョコレート』(2000年)ですよね。

そう! すごい良かったですよね。高校演劇にも感動させてくれるお芝居があるということを、まずプロはちゃんと知った方がいいと思うんです。
実際、僕はお客様の中で、いいなと思った高校生には必ず声をかけるようにしています。前田綾はそのひとりだし、少し遡れば小川江利子も高校演劇出身者でした。前田は中学の頃からよく観に来てくれていて、いいなと思って話をしていたら、高校卒業と同時にオーディションを受けに来てくれた。小川も当日券で一番に並んでくれるような子で、高校を出てから芸大に行きましたが、その間も受けろ受けろとしつこく誘っていましたね。

――それは第一印象で決めるんですか?

もう見ればすぐにわかります。だけど、高校演劇の世界からプロに行く人って、決して多くない。たとえば、さっきの『ホット・チョコレート』にしても、あの中からプロに行った人ってたぶんそんなにいないんじゃないかな。
もちろんそれはそれで別にいいんです。プロになることが絶対に最終目標というわけじゃありませんから。でもその中にプロになりたいという人は必ずいる。その子たちを僕たちでちゃんと受け止められるようにしなければって、ずっと考えています。

舞台俳優という仕事を、子どもたちの憧れの職業にしたい。

――やっぱりどこかで諦めてしまうんですよね。

高校演劇がプロにかなうわけない。自分のレベルでプロの劇団や舞台で食べていけるわけない。そんなふうに諦めて、せっかく才能があるのに一般企業に就職しているという人がたくさんいる。それがすごくもったいないですよね。でも、それは実は僕たちの責任でもあると思っています。僕たちがちゃんと夢をつくってあげられなかった。

――夢、ですか。

僕はキャラメルボックスを旗揚げした時から、小学生の憧れの職業ランキングに舞台俳優が入ることを目標に劇団をやってきたんです。一生食べていける仕事にすること。スポーツ選手並みに憧れの存在になること。高校で演劇をやってきた子たちが、プロの劇団に行って、ちゃんと成功して食べていける社会をつくりたいと思ってやってきました。
これだけ長い間、キャラメルボックスが続いているのは、それもひとつあるかもしれない。だけど、正直に言えば、同じ演劇人でそこまで考えてあげられている人は、ほとんどいないような気がするんです。

――結果、多くの人が演劇の世界から去っていく。

だからまずみんなに言いたいことは、好きなら続けてほしいということ。いると思うんです、これしかできないっていう人が。他にできることがなくて、これしかないから続けているという人。もうそんなある意味偏っている人は諦めてこっちに来いよ、と(笑)。大変だけど、真剣にやっているやつは残るし食える。僕らは大学デビューだったけれど、こうしてプロとしてやってこれている。だから、何も遅いことはないって伝えたい。
上川(隆也)だって、最初は無名塾を受けて落ちてるんです。でも、そこからNHKのドラマに出て、『ぐるナイ』のレギュラーにまでなった(笑)。つまり、あの仲代達矢さんでも見抜けない才能はあるということです(笑)。万に一つかもしれない。でも、万に一つでも可能性があるなら、その可能性を捨てずにチャレンジしてほしいですね。

演劇で培ったものは、夢を諦めても決して無駄にならない。

――ただ一方で、どこでその可能性を見極めるか、難しい現実もあります。

それが芸事の恐ろしいところですよね。もちろん勘違いしている人も多くて、毎年オーディションをしていても、夢が大きすぎて自分が見えていないという人はいます。向いていないのに続けてしまうというか、向いていなくても好きだから続けているというか。

――もしかしたら大半はそうもしれません。

だからまずプロに認めてもらうことが第一だと思う。食べていきたいなら、プロに認められる、つまりちゃんと経験が積めて、ちゃんとギャラが出るプロ劇団に入ることを、僕はお勧めします。
なぜなら、プロの世界の理不尽さを知ることができるから。演劇のことは学校で学べるかもしれないけれど、その世界の厳しさはやっぱり現場に立たないとわからない。僕も旗揚げから2~3年は、家庭教師のバイトとか全部辞めて、いろんな照明さんの下で働かせてもらっていた。
そこで、プロの世界の裏側を見ることができたことが、すごく勉強になりました。顧客管理の方法とか参考になるところもあれば、こんなふうにはなりたくないという反面教師もあった。そのすべてが今も役に立っています。だから、まずはプロの劇団に入って、理不尽なことも含めて学んでほしいですね。

――逆に自分で劇団を立ち上げるとしたら、どこで見極めるべきだと思いますか?

5年ですね。5年で5000人動員できないなら、向いていないと思った方がいい。もちろんそこからアマチュアとして続けてもいいと思うんです。アマチュアには、アマチュアの良さがありますから。
それに、たとえそこで演劇を辞めたとしても残るものは必ずある。演劇って、仕事に使える能力がいっぱいあると思うんですよ。プレゼンテーション能力とか、コミュニケーション能力とか、単純に声がデカいとか。わかりますよね、会社なんかで見てても、「この人、昔、演劇やってたな」って人(笑)。

――わかります。すごい目立ちますよね(笑)。

だから、絶対に無駄にはならないと思うので、ぜひ真剣に目指してほしいと思うんです。それにね、僕は演劇で世界を平和にしたかったと言いましたが、たとえば交通事故だって演劇でなくせると思うんです。

――交通事故を、ですか?

もちろん今この瞬間も技術者のみなさんが安全な車の開発に情熱を注いでいる。でも、どれだけ高性能の車ができても、運転するのは人でしょう。たとえば、狭い路地を抜ける時、乱暴にクラクションを鳴らすのではなく、窓を開けて、大声で「すいません、通らせてください」って言う。この方がよっぽど事故をなくせるし、気持ちもいいと思うんです。これは普通の人はなかなかできないかもしれない。でも、舞台に立って大声を出してきた人間ならできる。
車は一例に過ぎません。これをもっといろんな社会問題に置き換えてみてください。解決の糸口は、いつだって人と人です。危険だからなくそうではなく、どう向き合っていくか。演劇を経験してきた人なら、きっとそれがわかるし、それができると思うんです。

2020年、世界中のお客様を熱狂させるお芝居をつくる。

――加藤さんはこれからの演劇界をどうしていきたいと考えていますか?

そこなんですけど、まず「演劇界」って何なんでしょうね。今、この日本に「演劇界」と言えるようなネットワークが果たしてあるでしょうか。みんな一人ひとり言ってることが違うし、目指す方向も違う。たとえば、野球のようにWBCに出て金メダルを獲るというような共通の目標があるわけでもない。
いったいどれくらいの演劇人が、ブロードウェイやロンドンを超えたいと思っているのか。舶来物をありがたがるんじゃなく、もっと面白いエンターテイメントを日本から生み出したいと考えているのか。少なくとも僕たちは思ってる。キャラメルボックスならブロードウェイだってロンドンだって通用すると思ってる。やっぱりそうやって世界に打って出なくちゃ面白くないし、商売にもならないと思うんですよ。

――そんな現状の中で、今、加藤さんは若い世代に何を期待していますか?

これはぜひみなさんに呼びかけたいんですけど、2020年、あるフェスティバルのおかげで日本にたくさんの外国人観光客がやってきますよね(笑)。ぜひこの時、海外のお客様を興奮させるようなお芝居を自分たちの手でつくりませんか。これが、僕の提案です。

――今からちょうど7年後ですね。

現役の高校生なら、ちょうど22~25歳。いい年齢だと思います。もし海外のお客様から「ブラボー!」と言ってもらえるようなお芝居がつくれたら、たとえそれまで日本でまるで受けなくても、一気に海外という道が開かれるかもしれない。これは結構、夢として現実味があると思うんです。もう僕は東京オリンピックが決定してから、その時、キャラメルボックスはどんなお芝居をしようって、ずっとワクワクしてますから。

――2020年夏のエンターテイメント業界は大変でしょうね(笑)。

大変ですよ、敵はオリンピックですから。W杯なら、まだサッカーファンが来ないだけですが、オリンピックは全国民が対象です。もうこれは厳しい。だけど、演劇だってスポーツです。みなさんも散々稽古で鍛えてるでしょ。だから、演劇というジャンルのアスリートのみなさんは、ぜひ舞台という競技場で勝負をしてほしいですね。

大事なのは、いい意味で遊び、ふざけること。

――そこにいろんな劇団が参加して、どこが一番海外のお客様を楽しませることができたか競うのも、観客の立場からすると面白いですけどね。

どうだろう、みんな乗ってくれるかな(笑)。意外とこの世界、真面目な人が多いんですよ。でもね、いい意味で遊ぶことをもっと大切にしてほしい。野田(秀樹)さんにしろ鴻上(尚史)さんにしろ、ふざけるのが上手だった。こういう時に、それ面白そうだねって乗れるかどうかって大事なことだと思うんです。最終的には実現できないかもしれない。でも、そこを楽しめる精神的な余地というのは演劇をやる上で欠かせないと思います。

――加藤さんなら、2020年夏、どんなお芝居がやりたいですか。

僕はとにかく外国のみなさんを一番呼べるお芝居がしたい。それはオリンピックだからと言って必ずスポーツ物とは限らないですよね。時代劇かもしれないし、ホームドラマかもしれない。世界中の人が来るわけですから、どこにターゲットを絞ればいいかなんてわかりません。でもそれが面白いですよね。

――なかなかお客様に来てもらうのは難しいかもしれませんが(笑)。

でも、2002年のW杯の時も当日券の売れ行きは確かに減りましたが、観にきてくれる人はちゃんと観にきてくれた。だからリスキーかもしれませんが、敢えて勝負を挑みたいですね。演劇もオリンピックも、その場限りという意味では同じ。中には、寝不足になって、テレビに飽きて、どこか行きたいなと思う人も必ず出てくるはずですから。そこで、ちゃんと選んでもらえる劇団になっていたいと思います。

僕をスタンディングオベーションさせるような芝居を見せてほしい。

――その時はもしかしたら今の高校生が好敵手になっているかもしれません。

いいですね。やりましょうよ、ぜひ! 本当にこんなチャンスないと思います。この間、うちの仲村(和生)が調査したんですが、国内の演劇動員数って、2005年から2012年までの7年間で約140万人も減っているそうなんです。実際、この数年で都内でも老舗の劇場がいくつも閉鎖になりました。演劇は儲からないという目が、ますます濃くなっているのかもしれません。
でも一方で、ジャニーズに目を向ければ、毎日トップアイドルがステージに立って、劇場を満員にさせている。あんな芸能界の頂点にいる人もわかっているんですよ。目の前にいるお客様を満足させられなければ、この世界では続けられないということを。生のお客様の反応が、エンターテイナーとしての成長の源になることを。
演劇は、絶対になくなりません。数は減っても、なくなることはない。むしろ数が減っている今こそ、チャンスなんだと思う。ブームは自分で起こせばいい。衰退しているなら、漫画とかゲームとか別のジャンルからお客様を引っ張ってくればいい。そんなふうに考えて、アクションを起こしてくれる若い人がどんどん増えてきたら、絶対に演劇は面白くなると思います。

――確かに、今の若い子たちには僕たちにはないセンスや感覚があります。

たとえばインターネットひとつとっても、彼らは完全にネイティブなわけじゃないですか。YouTubeとかプロジェクションマッピングとか、新しいデジタル技術がいっぱい出てきてる。じゃあ、そういったものをどう演劇に活かせるか。成功したら拍手喝采ですよ。でもそれができるのは、僕たちじゃない。インターネットネイティブである新しい世代なんです。
だからどうか僕をびっくりさせるような芝居をつくってほしい。大笑いして、大泣きして、良かったよってスタンディングオベーションをしたくなるような芝居を見せてほしい。君たちなら絶対にできる。僕が見たことのないお芝居を、ぜひ見せてほしい。それが、僕から高校生に向けてのメッセージです。

PROFILE

加藤_1029■加藤 昌史

1961年10月25日 東京都生まれ。早稲田大学教育学部2年在学中に、成井豊が作・演出している「てあとろ50’」の作品を観て、その場で入団。1985年に成井豊・真柴あずきらと『演劇集団キャラメルボックス』を創立。1991年には演劇製作会社、株式会社ネビュラプロジェクトを設立。代表取締役社長を務め、キャラメルボックスの製作総指揮、音楽監督を行う。

 

○公式twitterアカウント:@KatohMasafumi

○加藤昌史オフィシャルブログ「加藤の今日」:http://caramelbox-kato.blog.so-net.ne.jp/

○演劇集団キャラメルボックス公式ホームページ:http://www.caramelbox.com/

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