大阪府立鳳高校

お客様が楽しめるエンターテイメントを。【後編】

夏のHPFで講評委員から猛烈なバッシングを受けた『はやぶさものがたり ~宙(そら)翔けた軌跡~』。しかし、異端児たちは恐れることなく自分のやりたい演劇を貫く覚悟を決めた。お客様に楽しんでもらいたい。その一心で挑んだ舞台の結末は。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa  Assistant by Kanata Nakamura)

厳しいダメ出しも楽しみながら乗り越える。近づく大会本番。

otori-jimura-matsuo鳳高校は、普段は校内の多目的教室を稽古場として利用している。しかし、進学校である同校では、夏場は夏期講習のため教室を明け渡さなければいけない。立っているだけで汗が滴り落ちるような炎天下で、彼らは屋外にセットを組み、稽古をした。本作は、時代劇がベースとなっている。当然、衣裳は着物。洋服に比べれば動きにくく、通気性も悪い。じりじりと地面を照らす陽光に、汗だくになりながら練習に励んだ。
時には近隣の劇場に出張し、プロのスタッフのもとで裏方の仕事を学んだ。実際に場面転換を手伝ったり、セットの改修をしたり、実践を通してスキルを磨いていった。
歴史も浅く、目立った実績もない。恵まれた環境など望むべくもないのかもしれない。けれど、当時の様子を語る部員たちの表情は、笑いが絶えない。「何か辛かったことは?」という意地悪な質問にも、1年の城野が「演出の宝代先輩が怖かった」と茶目っ気いっぱいに返すだけ。台詞を一言口にしただけで、「やり直し」とばっさり切り捨てられたこともあったらしい。中には「気持ちが入っていない」とボールペンを投げつけられた者もいると言う。だが、鳳高校の面々に悲壮感という言葉はまるで似合わない。
右も左もわからないなら、前だけ向いて進めばいい。単純明快だが、最も合理的。型にはまることなく、自分たちらしいやり方で彼らは少しずつ力をつけていった。

会心の本番当日。会場が、未知なる宇宙空間に変わった。

otori-sochi2迎えた地区本番。はやぶさを演じた治村は「本気で死んでもいい」という覚悟で舞台に立った。はやぶさは、サンプルリターンという任務のために生まれ、そして任務と共に死んでいく。その想いをどこまでイメージし、寄り添うことができるか。特殊な難役を、治村は生命感たっぷりに演じ切った。また、高校演劇の枠から飛び出した演出の数々も観客の度肝を抜いた。劇中、宇宙へ旅立ったはやぶさは太陽フレアの襲撃により損傷を受ける。SF映画のようなスペクタクルシーンは、時代劇の世界観を活かし、得意の殺陣と、プロの振付師によるダンスで表現した。天体の引力を利用してはやぶさの軌道を修正する地球スイングバイでは、無数のペンライトを用いて幻想的な空間をつくり出した。観る者はその壮大な演出に圧倒され、そこで繰り広げられる人間ドラマに引き込まれていった。

「すごくお客様の反応が間近に感じられて。はやぶさとみねるばの別れの場面では、すすり泣く声があちこちで聞こえてきました」

音響を務めた2年の松尾は場内の雰囲気をそう振り返る。非難も批判も恐れることなく、自分たちのやりたいことを貫き通す。鳳高校渾身のエンターテイメントは、確実に場を支配した。

otori-hayabusa2「それでも、審査員にどう評価されるかは最後までわかりませんでした」

松尾は慎重にそう言葉を続ける。それもそのはずだ。これまでずっと大人たちからは嫌われ続けてきた。世の中が求める高校演劇らしさとはまったくかけ離れた作風。HPFのように舌鋒鋭く叩きのめされることも覚悟の上だっただろう。すべての上演が終わり、自校の講評を待ちながらも心は落ち着かなかった。自信と諦念に揺れる彼らに、審査員がかけた言葉は意外なものだった。

各賞を席巻。初めて掴んだ“勝利”の喜び。

「こんな劇は初めて。今まで見たことがない。そんな言葉をいっぱいもらいました」

otori-yamamoto-kawai部員たちは口々に当時の審査員の評価を再現する。これまでは容赦ない批判に打ちのめされるばかりだった講評の時間。初めて自分たちの芝居を認めてくれる審査員に出会えた。「褒められすぎて逆に怖かった」と不安になるほどの賛辞。「何かドッキリじゃないかなと思った」と、2年の井宮は冗談めかした後、自信に満ちた表情で言い切った。

「結果云々ではなく、勝ったな、と思いました」

他校との相対評価での勝利ではない。自分たちの芝居でお客様が喜んでくれた。審査員が舌を巻いた。その充実感で、彼らの胸は満ち足りていた。

結果は、最優秀賞のみならず、舞台美術賞、さらに2名の個人演技賞まで輩出した。まさに大会を“はやぶさ一色”に染め上げた。
工作科を擁する鳳高校演劇部は、毎年、会場スタッフが頭を抱えるほど大がかりな装置を持ち込んでくる。しかし、前大会ではまさかの舞台美術賞も逃す結果に終わった。だからこその悲願の受賞。舞台監督を務めた2年の河井ら工作科の面々は抱き合って喜びの涙を流した。

さらに、創部以来初となる最優秀賞。何を言われても曲げることなく貫き通してきたエンターテイナー魂に、ようやく評価が追いついた。「これでまた3年の先輩と一緒に芝居ができると思った」と2年の山本は沸きに沸いたその時の感動を思い出す。
はやぶさを舞台でやりたい。梅本教諭の大胆な思いつきから始まった前人未到の計画は、辛辣な大人たちの批判の雨にさらされながらも、無事に府大会という夢のステージに着陸した。
演劇において勝敗を決定することは実に難しい。審査員が変われば、評価も変わる。誰しもが納得のいく選出はもしかしたらないのかもしれない。だが、敢えて言おう。彼らは勝った。評価という努力だけでは及ばないものに、高校演劇という既成の枠組みに、そして他でもない過去の自分たち自身に、自分たちの力で勝利をしたのだ。

お客様を楽しませること。これからもその一心を胸に抱きながら。

otori-hayabusa1“はやぶさ旋風”は念願の府大会という大舞台でも、臆することなく吹き荒れ、観客の心を掴んた。結果こそ最優秀賞には手が届かなかったが、半年に渡ってはやぶさを演じ抜いた治村は個人演技賞を獲得。それまで無名であった鳳高校の名前を、一躍府下に轟かせた。
創部以来、初めて残した府大会出場という足跡。それは、間違いなく彼らの生きてきた人生の中でも、かえがたい誇りになっているはずだ。だが、もしかして彼らに限って言えば、そんな結果は最終的にはそれほど大きなものではないかもしれない。

「お客様が喜んでくれたらそれが一番。そのために自分たちはやっているんです」

2年の山本は胸を張ってそう答えた。鳳高校では、受験勉強に専念するため、多くの2年生がコンクールをもって引退する。演出として全体を引っ張った3年も卒業し、新たな環境で自分の演劇をまた探しはじめている。次の代へバトンを受け取った1年の城野は「次も府大会に行きます」と意気込む。

「初めてづくしの府大会。だけど、絶対に一生忘れないと思う」

otori-jono怒られた分だけ、成長した。ここからは学んできたことを自分がカタチにしていく番だ。
「次はいじめの話でもやろうか?」と言う梅本教諭に、城野は「絶対イヤ!」と何度も首を横に振る。とにかくお客様を楽しませたい。ジャージに描かれた鳥のように、彼らはどこまでも自由で、既成概念をひょいと飛び越えていく。次代へと受け継がれる鳳マインドは、きっと来年も会場を大いに盛り上げてくれることだろう。

 

 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

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