学校法人追手門学院 追手門学院高校
それでも伝えたかったこと。【後編】
もう一度、震災に挑む。昨年地区で敗れたテーマに再度挑戦することを決めた古豪・追手門学院高校演劇部。しかし、その道のりには幾多の苦悩と衝突が待ち構えていた。
(Text by Yoshiaki Yokogawa)
繰り返されるミーティング。自分自身と向き合う日々が続く。
『KI・ZU・な ~鬼さん、こちら』は、福島から転校してきた被災者・ナツと、顔に傷を持つ演劇部部長・カズを軸とした演劇部の軋轢と結束、そして彼らが演じる人間から迫害される鬼の悲劇を描いた劇中劇が並行して展開する。それぞれに傷を抱えた者たちが、だからこそ手を取り合って生きる絆が、終盤、舞台上に咲くヒマワリの花に象徴されている。こうした二重構造の仕掛けは、どのような視点から生まれたのだろうか。
「もともと被災地を描く上で自分なりにいろいろ勉強を重ね、部員たちとも何度もミーティングをしてきました。その中で出てきたのが、鬼というモチーフ。東北地方にも古くから鬼にまつわる神話が伝承されているのもあり、何か活かせないかなと思うようになりました」
谷澤と今村が鬼について文献を読みあさる中で興味を惹かれたのが、鬼とは想像上の怪物ではなく、かつて人間であったという説だ。なぜ人は鬼となってしまったのか。考えめぐらすうちに辿り着いた答えが、心の傷だった。傷を負った者の苦悶と再生を、言われなき迫害を受けながらも身を挺して幼い娘の命を救う鬼の姿に投影した。
「だから僕たちも、この芝居を心の底から演じ切るために、今まで自分が生きてきた中で受けた傷について話す場を設けました」
一同が車座になって自分自身と向き合う。それぞれが過去の体験を話す中で、ひと際感情的になった者がいた。物語の中軸であるナツ役を演じた2年の夏見だった。
蘇る辛い過去。何度も役を降りたいとさえ思った。
「私自身、中学時代に人間関係ですごく苦しみ悩んだ時期がありました。今もその時期の出来事は自分の中で深い傷として残っている。だから、思い出しながら話すうちに涙が止まらなくなってしまいました」
本作は、すべての登場人物がほぼ当て書きで描かれている。福島から来たというだけで、理不尽な差別に遭うナツのエピソードは、夏見の過去の体験がもとになっている部分も多いと言う。だからこそ、夏見はナツを演じる中で辛かった日々を思い出し、何度もフラッシュバックに苦しめられた。その様子は、周囲から見ても痛ましいほどだった。照明を務めた2年の柏野は、今も当時のことを思い出すと表情に苦悩の色が滲む。
「スタッフである私は役者と比べると、芝居を客観的に見ることができます。だから、追いつめられていく彼女の気持ちをわかってやれないことが歯がゆかった。手を貸してあげればいいのかどうかもわからない。本人のトラウマをえぐるような場面もあったので、見ている側としてはすごく辛かったですね」
柏野は何度も考えた。絆とは何なんだろうか。ずっと絆とは人と人とを結ぶものだと思っていた。だけど、時に絆は自ら断ち切りたいほどに重荷になることがある。それでも人と人とは傷つけ合いながらも、つながり合わなければ生きていけない。柏野は不安定な精神状態に苦しむ夏見をそばで見守り支え続けた。
唯一の3年生。そのプレッシャーが、不協和音を生み出した。
一方、夏見たちとは別の苦しみにもがいている者がいた。唯一の3年である演出の谷澤だ。伝統を受け継ぎ、周囲の期待に応えなければならない重責は、日を追うごとに彼を追いつめ、孤独にさせた。次第に谷澤は苛立ちを露わにし、部には張りつめた空気が漂うようになった。1年の岡留は「部活に行くのが、正直、楽しくなかった」と本音を告白する。衣装係を務めた夏見と1年の嶋田は、進行の遅れをめぐって何度も演出の谷澤と激突した。「役としても誰より近づかなければいけなかったのに、谷澤先輩と上手く波長が合わせられなかった」と夏見は当時を悔やむ。大会前の緊張感とは異なる、険悪なムード。その原因はどこにあったのだろうか。
「僕自身がひとりで焦ってしまっていた」
谷澤はささくれ立っていた心境を落ち着いた表情で思い返す。
「1年前、地区で何の賞も獲れずに終わって悔しい想いだけが残った。僕自身は1年の時に府大会の舞台に立っているし、もう一度、あの場所へみんなを連れていきたいという想いがあった。でも、その気持ちが空回りして、周りを悪い意味で追いこんでしまったんです」
本番2週間前の緊急ミーティング。行き違う想いを、ひとつにつなぐ。
一触即発の空気を変えたのは、顧問の阪本教諭だった。本番2週間前、生徒から相談を受けた阪本教諭は、全員を集め、「今、クラブは楽しいか」と問いかけた。お互いがお互いの顔を見合わせる。「YES」と答えられる者は誰もいなかった。
「そこからぽつりぽつりと、今思っていることを話し合いました」
唯一の3年生としての責任感。後輩たちのことを想えば想うほど、自分が何とかしなければいけない焦燥感が谷澤を追いつめた。対する2年生も中核になってやらなければいけないと自らに負荷をかけることで、逆に神経が張りつめてしまった。どちらも部を良くしたいという気持ちは同じ。ただ、その方向性が上手くかみ合わなかった。行き違う上級生たちに、1年はただ取り残されるしかなかった。
「でも、そこで話し合えたことで、お互いが背負っていた重みがとれて、ようやく自然に笑えるようになったんです」
芝居の完成度を上げたい一心で、いちばん大切なことを忘れていた。観る人の心を動かす芝居をつくるには、まず自分たちが心をひとつにしなければいけない。ようやく気持ちが固まった追手門学院高校演劇部は、迫る地区大会に向けて最後の追いこみに励んだ。
苦しみぬいた日々の答え。もう上に上がるしかない。
「地区大会当日はとにかく肩に力が入りすぎていた」と谷澤は笑う。当時の映像を見返しても、自分でも苦笑いしてしまうほどだ。ここで最優秀賞を掴めなければ、自分たちに後はない。絶対にもう一度這い上がる。そう決意して練習に挑み続けた1年間のすべてをぶつけるつもりで舞台に上がった。
音響の姫嶋はひとり離れた音響席から役者の芝居を見守り続けた。最初のうちは、自分だけ離れた場所で本番に臨むことに寂しさを感じていたと言う。しかし、本番は違った。自分も一緒にやっている。ひとりなんかじゃない。そうはっきり感じることができた。
「ここまでもがいてきたんだから、上に上がるしかないという気持ちだった」
ナツという大役に苦しみ続けた夏見は、きっぱりとそう言い切った。
1年前、自分たちの芝居はまったく評価されなかった。それでも3.11後の今を生きる彼らには、伝えたい想いがあった。全員で悩んだ。全員で苦しんだ。その答えは確かに完璧な正解ではないかもしれない。けれど、そのすべてを舞台で出し切った。後は審査員の評価を待つだけ。もがき続けた日々の答えが、下されようとしていた。
敗者から送られたエール。いざ、念願の府大会へ。
「自分たちの学校の名前が呼ばれた時は、最初、全然実感が湧かなかったんです」
2年の柏野はあの日の興奮をそう思い出す。最優秀賞、追手門学院高校。そうコールされた瞬間、わっと弾けたように誰もが泣き出した。想いは、確かに伝わった。その喜びに号泣する1・2年生の中で、ただひとり涙を流さなかった者がいた。3年の谷澤だった。
「あの時はもう嬉しさより、ほっとした気持ちの方が強かったんです」
悲願を達成した谷澤にとっては、嬉し涙を流す余裕さえなかった。その肩に背負い込んでいた重圧がどれほどのものだったか。谷澤の安堵の表情こそが、それまで抱え続けてきたプレッシャーを何より雄弁に物語っていた。
一方で、勝者がいれば敗者もいる。2年の藤本は、会場の去り際に、ある高校から「頑張れよ」と声をかけられた。悔し涙をぐっと呑みこみ、送られた敗者からの精一杯のエール。彼らはもうこのメンバーでこの芝居を二度と演じることができない。その瞬間、藤本は地区の代表として府大会に臨むということが、どれほど重大なことなのかを実感した。
「そこからはもういきなりいろんなものがこみ上げてきて、トイレに駆け込んで泣きじゃくって、帰りの電車でも泣きっぱなしで、壊れたようにひたすら泣き続けていました」
1年前、自分たちは逆の場所にいた。心をこめてつくった芝居が評価されなかった悔しさは、自分たちが誰よりもよくわかっている。だからこそ涙が止まらなかった。溢れる涙は、苦しみぬいた1年を経て、彼らがひと回りもふた回りも成長した証だったのかもしれない。
3年間のすべてをかけて。仲間と共に挑んだ夢の大舞台。
地区惨敗の悔しさから1年、ようやく追手門学院高校は府大会の舞台に帰ってきた。再び審査員から跳ね返されるリスクを恐れず、自分たちの伝えたい想いを貫いた日々は決して間違いではなかった。谷澤は2年ぶりのよみうり文化ホールのリノリウムの舞台床を味わうように踏みしめた。一方、初めてその舞台に立つ藤本はかつてない高揚感に浮き足立つ気持ちを抑えられなかったと言う。
本番直前、追手門学院高校には伝統のおまじないがある。部員全員で円陣となって、手をつなぐ。そして「1、2、3」で手を離す。「息合わせ」という名の、みんなで集中を高め呼吸をそろえるための儀式だ。これも、何代も前の先輩から受け継いできた伝統のひとつだ。手を離した瞬間、役者は現実の世界を離れ、芝居の世界へ意識を切り替える。
谷澤は両手につながれたぬくもりに、仲間との絆を感じていた。同じ舞台で、共に汗を流し、共に涙を流した仲間たち。高校3年間という貴重な時間をひたすら演劇部に費やしてきた。辞めたいと思うことも何度もあった。けれど、今日のこの日まで走り続けてきた。そのすべてを、これからの1時間にかけよう。
「やるぞ」
谷澤は胸の中で小さくそうつぶやいた。
卒業。そして新たなる時代へ。
結果的に見れば、その1時間が谷澤にとって最後のコンクールの舞台となった。近畿大会に出場できる高校は3校。そのひとつに自分たちが選ばれることはなかった。だが、谷澤の胸には結果以上の満足感があった。
「近畿への切符を手に入れることはできなかったけれど、この演劇部という場所で、3年間、すごく濃密な時間を過ごすことができた。支え合える仲間もできた。そういうかけがえのない絆を築けたことが、自分にとっては表彰よりも嬉しいものでした」
2年ぶりの大舞台の感想を、谷澤は「府大会に連れて行ってもらった」と表現した。「連れて行った」ではなく「連れて行ってもらった」。あれだけ頑なに唯一の3年生としての意地を見せようとしていった谷澤の心境にどんな変化があったのだろうか。
「演劇は総合芸術。自分ひとりじゃ何もできないし、後輩のみんなが支えてくれたから、ああやって芝居をつくれた。だからもちろん自分が連れて行ったという気持ちもあるけれど、それ以上にみんなに連れて行ってもらったって感謝の方が大きいんです」
守りぬいた伝統校の誇り。何十代も前の先輩から続くバトンを、谷澤は後輩へと託した。新たに最上級生として最後の大会へと臨む藤本たちの胸には、今どんな想いがあるのだろうか。
「正直、リーダーシップをとるのは得意じゃない」
そう頬をかく新部長の藤本に対し、今村が「でも」と前を見据える。
「先輩はひとりで部をまとめてくれた。でも、僕たちは4人いる。だったら4人で力を合わせて、去年以上にこのクラブを成長させていきたい」
今村の言葉に夏見も柏野も頷く。その姿は、彼らが劇中劇で演じた演劇部員の姿にそのまま重なる。評価されない不安を乗り越え、それでも伝えたかったこと。それは、人と人とのつながり、絆の尊さだ。支えてくれる人がいるから、強くなれる。解けることのない絆の力で目指すのは、再びあの府大会の舞台へ。古豪復活のストーリーは、ここから自分たちの手で描いていく。
※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。
※追手門学院高校演劇部の最新情報は公式HPをご覧ください。
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