大阪府立東住吉高校
もうこんな仲間は、二度とできない。【後編】
台本の全面書き直しから2週間。ヒガスミ演劇部は全員が一致団結して、最大の危機を乗り切った。夢の大会出場へ。そして、その先で彼らが得たものとは果たして何だったのだろうか。
(Interview by Ai Miyazaki Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)
歓喜の地区通過。そして浮上する新たな問題。
地区大会の結果は、最優秀賞、舞台美術賞、創作脚本賞の三冠。ありのままの自分たちをぶつけたヒガスミ演劇部の芝居は、最高の評価で次のステージを迎えることになった。まさかの奇跡に歓喜する面々だったが、同時にそれは本当の意味での芝居の難しさを突きつけられるきっかけにもなった。
「登場人物が、キャラクターすぎる」
地区大会の審査員は口を揃えて、ヒガスミ演劇部をそう評価した。確かに三原を取り巻く部員や顧問は、強烈な個性を放つ反面、類型的な人物造形の域を出ておらず、どこか漫画的な印象が拭えなかった。もっとキャラクターやストーリーに人間味を出していこう。府大会までの2週間、再び台本と演出の手直しが始まった。しかし、「直せば直すほど、持ち味だった勢いが消えていってる気がした」と大村は語る。いつしか自らが演じる井上という役も掴めず、袋小路に迷い込んでしまった。自分が今までどう演じてきたのかもわからない。ついには練習中に、できない自分が悔しくて泣き出してしまった。
見失いかけた目標。全員の想いを、もう一度、ひとつに。
一方、全体を見ても、どこか締まりのない浮遊感が漂っていることは否めなかった。どん底のピンチから一発逆転、府大会への切符を掴んだことによって、部員の中にある種の達成感や満足感が生まれてしまったのだ。それまでは余裕などなかった。なりふり構わず走り抜けるしかなかった。そんな覚悟が、芝居に実力以上のパワーを与えていた。だが、次は違う。奇跡は、2度は起こらない。自分たちは何を目指して府大会に臨むのか。もう一度、全員の足並みを揃える必要があった。
「自分たちの目標は何なのか、昼休みに集まって、みんなで話し合いました。2年生は、あと一歩で近畿に行けなかった去年の悔しさがあるから、何としても近畿に進みたかった。だけど、それを経験していない1年生の中には、やっぱり府大会で満足している部分もあった」
大村は、少し赤くなった目で当時のことを思い返す。
「なかなか気持ちが揃わない中、全員の心を固めてくれたのは、最後に戸梶が言った“ごめん、行こう、近畿”という言葉でした」
ずっと自分の役柄を掴めず壁にぶちあたっていた。だが、コーチや演出の言葉に支えられ、もう一度、演じる喜びを取り戻した。府大会の舞台は、憧れのよみうり文化ホール。しかも抽選の結果、自分たちは全出場校の大トリを飾ることになった。緊張と責任。だが、それ以上に胸にあったのは、仲間への想いだった。
1人でも多くの人に、ヒガスミ劇部の、この芝居を見てほしい。
1秒でも長く、このメンバーと一緒に芝居がしたい。
だからこそ、絶対に近畿大会に勝ち進みたい。願いをこめて、本番に臨んだ。
まさかの大トリ。会場が一体となったラストステージ。
中野は言う。
「もう正直、どうにでもなれと思ってました。もちろん最後までとことんあがく。だけど、それで本番がどうなったとしても、すべては今までの自分の努力の結果。自分にとっては、これが人生最後の高校演劇になるかもしれない。だから、とにかく全力でやろう、悔いは残さないようにしよう。そう考えていました」
並み居る強豪の上演がすべて終わった最終日の夕方、『僕らはいつも五時帰り』が幕を開けた。演劇部のことが誰より好きな三原、存在感ゼロの宮野、女好きの変態・高城、アイドル志望の黒江、ガリ勉だが本当は役者を夢見る井上、そして熱血教師・杉山。記号的で、漫画的で、ネタ満載のキャラクターを、観客は笑い、愛してくれた。
「予想以上にウケて。本当にそれがすごく嬉しかったですね」
何かあればロッカーに引っ込む強烈なキャラクターを演じた大窪は、満足そうに笑顔を浮かべる。完璧な出来ではなかったかもしれない。でも、全力でやりきった。自分たちらしい演劇で、よみうり文化ホール最後の上演校としての使命を果たしきった。
突然の幕切れ。不完全燃焼で終わった夢の時間。
そして、講評。悲願の近畿出場なるか。全員で祈るようにして講評を聞き入った。「キャラクターが記号的」という評価は、結局最後まで覆すことはできなかった。それでも、という想いで発表に希望を託したが、結果は敗退。昨年受賞した特別賞も個人演技賞も掴むことはできなかった。
「“え、もうここで終わり?”っていうのが、正直な感想でした。心に何か穴が開いてるんですよね。その後、近畿大会も観に行ったんですけど、何だか違う気がして。自分たちがその舞台に立っていたらって、ずっと頭の中で考えていました」
言い表せない虚しさを、大窪はそう表現する。ヒガスミでは、2年の大会をもって引退をする。もうこのメンバーで芝居をすることは二度とない。空っぽの素舞台のようながらんどうの心を、やり場もなくただただ持て余した。それは、中野も同じだった。
「自分としてもベストを尽くせた自信があった。だから、はじめは悔しかったし、何より今まで指導してもらったコーチの先輩方に結果を返せなかったことが申し訳なかった」
自分たちに実力がなかっただけ。今ならそう冷静に見つめ返せる。だが、まだ高校2年生。そう容易くは事実を受け入れられなかった。厳しい練習を耐え抜いてきた2年間の締め括りは、ほろ苦くやりきれないエンドロールとなった。
家族とも、友達とも違う。消えることない演劇部という絆。
引退から約4ヶ月。「部活に行きたくない日も、本当はあった」と言うほど練習漬けの毎日から解放され、アルバイトに、受験勉強に、それぞれが残り少ない高校生活を自分たちの速度で前に進みはじめていた。近畿大会へ行けなかった無念も、笑って振り返られるほどには癒えた。だから敢えて、こんな質問をぶつけてみた。
あなたにとって、演劇部はどんな存在でしたか――そんな直球の問いかけに、「アットホームで、家にいるみたいでしたね」と一番に答えた大窪を、全員が「ダイワハウスのCMみたいや(笑)」と茶化す。曰く「バカでアホなやつらばかり」。騒がしくて、落ち着きがなくて、動物園のような雰囲気は、引退して時間が経っても何も変わらない。
「ここに入るまで、僕、無茶をすることはなかったんです。いつもその一歩手前でやめていた。でも、ここはそうはいかない。劇部は、自分にとっては戦場(笑)。自分にも、仲間にも、本気でぶつかり、戦っていく。自分の中にもこんなふうに本気になれる気持ちがあるんだということを知りました」
そう答えたのは、中野だ。よく言えば冷静沈着、悪く言えば器用貧乏。そんな彼らしい答えだった。
「みんながみんな自分と同じクローンみたいな人間かって言えばそうじゃない。むしろタイプが違う人間だからこそ、自分のできていない部分を補い合えた。一緒にいて、すごく落ち着く存在でしたね」
1年間、部長として時には叱り役となってみんなをまとめた大賀が、これまでの想い出を振り返るように、ひとつひとつ言葉を丁寧に探しながら、そう話してくれた。
「正直、辞めたいと思ったこともあったけど、今は辞めなくて良かったと本当に思うし、このメンバーでやれて良かったって心から言える。だから、ちょっと照れ臭いけど、劇部は私の居場所です」
そう言って、大村は「だって、劇部じゃなかったら戸梶となんて絶対に友達になれなかった」と笑う。友達ともクラスメイトとも違う。共通の趣味で盛り上がるわけでもない。中野の言葉を借りるなら、まさに「戦場」を共に駆け抜けた戦友。そして、ライバル。そんな絆が、そこにはあった。
果たせなかった夢の先に。見つけた、自分たちだけの居場所。
「文化祭とか、学校の行事なら出来なんてどうでもいいと思うんですよね。それよりも想い出つくろうっていう感じで。でも僕たちは想い出をつくろうとかじゃなくて、ひと泡吹かせてやろうみたいな気持ちがあって、みんなやってたと思うんです」
泣き虫の戸梶は、あふれる涙をせき止めるように早口でそうまくし立てた。
「自分が100の気持ちをぶつけたら、みんな100の気持ちで返してくれる。こんな場所って、大人になってももうできない。だから、本当に、この時だけやったんやなって…」
絶対に戻らない青春の時。そのすべてを5人は演劇部に置いてきた。そして、もう二度と一緒に芝居をすることはない。
「できるなら、また2年のはじめに戻って、みんなで芝居がしたい。大人になんかならなくていいから、ずっと演劇部にいたかったですね」
確かに、彼らの夢は叶わなかった。でも、それさえもどこか彼らが全身全霊をこめてつくった『僕らはいつも五時帰り』に似ているような気がした。本作では、提示された部員たちの問題はほとんど解決されないまま終わる。それが、彼らがこだわった自分たちらしいエンディングだった。百点満点の人生なんてない。だからもしかしたら果たせなかった夢もまた、彼ららしい結末なのかもしれない。そして、その夢は確かに次代へと受け継がれている。
「後輩たちには、絶対に“近畿大会出場”の垂れ幕を学校にかけてほしい」
大村はそうきっぱりと言い切った。自分たちがいなくなっても、ヒガスミ演劇部の歴史は続いていく。大好きな後輩たちに願いを託して、彼らはそれぞれの人生を歩きはじめる。
※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。
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