鳥取県立米子高校
「自然体」になれる場所。【後編】
学校、家庭、人間関係、将来。何だか少し上手くいかない少年の日常を不思議に、そしてコミカルに描く『学習図鑑 見たことのない小さな海の巨人の僕の必需品』。1人の男の子の誕生から老い先、そして誰もがいつか出会う“死”が織り交ぜられた幻想的な世界観の中で少年は生き方を“学習”し成長してゆく。そんな本作を携えて夏の全国に挑む米子高校演劇部。彼らも、この成長譚と共に歩み成長を繰り返してきたことだろう。彼ら1人1人の中に刻まれた成長とは果たして――
(Text&Photo by Takuya Karino)
積み上げられた実績、大会への意気込みは。
実はこの米子高校、夏の全国は初出場と言えど、ここ10年間の中国ブロック大会には9度の出場を果たし、そのうち2度は春季高校演劇フェスティバル(通称 春フェス)への出場を勝ち取るなどこれまでに積み上げた実績は折り紙つきだ。ともすれば、やはり今回の全国大会出場も目標の先に見据えていたことだったのだろうかと筆者は想像していた。しかし、インタビューの中で部員たちから返ってくる言葉は意外なものであった。
「正直なところ、地区大会でも気は抜けなくて張り詰めてました」
と橋井が昨年の地区大会を思い返し吐露する。
「私たちが1年生の時、米子高校は地区大会で敗退したんです。今思えばあの時は地区大会を甘く見るような雰囲気が部の中にあったなと。もちろん上に勝ち進んでいきたいって気持ちはありましたけど、最初は地区大会だって勝ち進めるか不安でした」
そう言われると、確かに現3年生は『学習図鑑』で初めて地区大会を突破した世代である。彼らにとってこれまでの快進撃は何から何まで未知のステージだったようだ。
高校に入学してほとんど初めて演劇に触れたという金山も、昨年入学して間もなく挑んだ初の地区大会を思い出す。
「大会になるともう精神的にはまったく余裕がなかったですね」
と、その言葉は苦笑気味だ。
「まず上演時間から毎回60分ギリギリでやってて、終わっても審査結果を聞くまで息が詰まりっぱなしです」
どうやらこれまでの大会に彼らは奢りなく、どころかなかなか切羽詰まった気持ちで臨んできた様子。しかし最後に橋井は「でもやっぱり終わってみれば、本番中、舞台に立ってる時は楽しかったなって思いますけどね」と明るく笑った。
不安に打ち勝つ。思いがけず開けた全国への道。
かように、これまで勝ち進んできた大会はすべて不安との戦いだったようだ。
「本番直前に通しで練習してたら、山田のしょっぱなのセリフが出てこなくなっちゃったこともありましたね」
「地区大会の時なんか1ベルが鳴ってみんな無言。そりゃ開演直前だから静かにするのは当たり前ですけどみんな心まで黙っちゃってるみたいで。今思い出すと面白い光景ですね(笑)」
と緊張したエピソードは無数に挙げられる。しかし、そんな本人たちの不安とは裏腹に、米子高校は地区大会、県大会を順調に勝ち進んでゆく。
「本当はね、“中国大会に行く”が目標だったんですよ。全国大会にはてっきり他の学校が行くんじゃないかって」
と打ち明ける松下。しかし迎えた審査結果の発表、最優秀賞として読み上げられたのは他のどこでもない「鳥取県立米子高校」。彼らであった。
「全国に行きたい、という気持ちはもちろんありました。けど名前を読み上げられた瞬間は頭が真っ白になっちゃって」
「他の学校の上演も観て、やっぱりすごく面白かったんで“まさか”と思いましたよ。でも単純にすごく嬉しかったのは覚えてます」
結果発表を振り返る言葉はどれも驚きの語気を含んでいる。しかし、彼らは確実に、繰り返す練習と踏み越えた実践から、そうなるべき力を培ってきたのだろう。嬉しさと驚きの入り混じった閉会式。こうして彼らは自身も予想だにしていなかった全国大会への切符を掴み取ったのである。
「先輩に報いるため」。下級生の見せる信頼。
そんな質問を投げかけると、多く帰ってくるのは「部長・土山」と「副部長・松下」の2人の名前だ。
「1人の役者や1人の演出として優秀なのはもちろんすごいんですけど、それだけじゃないんですよ」
2人の名前を挙げた1年生・神庭はそう語りだす。
「部員みんなに思いやりが強くて優しくしてくれます。けど、ただ甘やかすだけじゃなくて指導すべきところはしっかりと指導してくれる。あの先輩がいて米子高校演劇部が成り立ってると思います。引退しちゃたらどうしようって今から不安になるくらいに」
日常的な活動の様子を知らなくても、上級生の存在の大きさがひしひしと伝わってくる。それだけの厚い信頼がこの言葉の中に見えた気がした。そんな神庭も入学して間もないとは言え全国大会の舞台に立つ役者の1人である。取材後すぐに今年度の地区大会を控え、これから場数を踏んでゆくといったところだ。
「全国大会に向けてとにかく今は自分のため以上に先輩たちに応えるためにレベルアップしたいというのがいちばん強い気持ちです」
と彼女は全国大会への意気込みを語った。
常に進化を目指す、成長の道のり。
と松下は『学習図鑑』と共に送った日々を振り返った。鳥取県での地区大会は全国でも極めて早く例年6月。7月末の全国総文へと出場する彼らは1年以上の間、この作品と付き合い続けてきたことになる。そこにはやはり長く続けるからこそ突き当たる壁もあるようだ。
「他の作品だと1作品をだいたい1ヶ月ぐらいの期間で作るんですよ。でもこの作品に対しては考える時間がたくさんあったから、“もっと面白く!”って、ずーっと試行錯誤でした。もう考えつくことは全部やっちゃったんじゃないかってぐらいで」
と苦笑交じりに苦労を語る。彼女は主役であるがために最もセリフの保持数が多く、舞台には常にでずっぱりである。当然、役者としての負担は人一倍大きなものだろう。
「まあ、そういう部分に苦しめられてきたんですけど、常に課題を与えられるという形のは自分にとって良い刺激になってたと思います。この作品をやってきたからこそ、こんな経験をすることが出来たんでしょうね」
と最後は笑顔で答える松下。きっと全国でこの1年の成長の集大成を見せつけてくれることだろう。存分に期待しておこう。
背負った責任とポリシー。
そして土山は、演出としての自分、そして1年を通して駆け抜けてきたこの1年以上の期間のことをこう振り返る。
「1年前、自分は演出として駆け出しだったんです。ダメ出しなんかも、みんなに何を言うべきかしょっちゅう分からなくなってしまって練習中に無言になってばっかりでした。だからそういう考えこんじゃう時間をつくって役者をすごく不安にさせてしまって。でもこの作品とは長く付き合ってきただけの場数を踏んできました。だんだん前みたいに言い淀んだりせずものを言えるようになりましたね。今は自信もついてきたし演出っていう役割を面白いと思えるようになれました」
インタビューの序盤では自分のことを「置物部長です(笑)」と茶化すこともあった彼だが「役者を不安にさせてしまった」などという言葉が出るあたり、やはり面倒見の良いリーダー向きの人間なのではないだろうかという印象を受ける。
「この作品を作り始めた頃に“まずは自分たちが演劇を作ることを楽しもう”ってみんなに話したんです。これはもともと自分のモットーなんですよ。お客さんに楽しいと思ってもらうなら、まず自分たちが楽しいと思えるものをつくろうって」
そんな心意気を土山は笑顔で教えてくれた。やはりこの部の明るい雰囲気や強さの根幹にあるのは、こういった上級生の存在なのだろう。
インタビューの最後に土山は全国大会に対してこう意気込んだ。
「この1年間、僕たち自身も楽しみながら、またお客さまに楽しんでもらいながらここまで進むことができました。最後の舞台までとにかく自然体で楽しくやれたらなと思ってます」
“楽しむ”ことが彼らのスタイル。
そもそも演劇部において“大会で勝つこと”は決して至上命題ではないだろう。確かに審査で上位に選ばれるというのは自分たちのつくり上げた作品が高く評価されたというわかりやすい指針になり、次の大会に進めば上演の機会も増える。だが、“勝つこと”だけを目標に演劇に取り組む演劇部というのはあまりないのではないだろうか。
何かを訴える、伝える、遺す、突き刺す――その目的はさまざまだ。そもそも演劇部という部活には他の部活動よりも広い多様性がある。たとえば部員の人数、部に在籍する顧問のタイプ、どんな芝居をやりたいかという部員たちのスタンスなどで多種多様な形をとるものだ。決して何が正解ということではない。しかし実力を持った演劇部というのはおしなべて自分たちの“スタイル”を確立しているものではないかと筆者は思う。
だとすると米子高校演劇部はどうか。
彼らの行動原理、骨格にあるのはやはり“楽しむ”ことなのだろうと筆者はこの取材全体を通して感じた。活動風景には笑い声があふれ、部員たちの仲の良さが自然に垣間見える。コミカルに進む舞台上の掛け合いも、この賑やかな雰囲気があってこそ生み出されるものではないかと感じられた。そしてその楽しさは客席にも伝播する。きっとこのエンターテイナーたちはこれからも客席に座る私たちに素敵な時間を与えてくれるのだろう。
※文中に表記されている部長、副部長の役職は取材時のものです。
※ご意見・ご感想は【contact】までお気軽に!
または、「#ゲキ部!」のハッシュタグをつけてツイートしてください。