鳥取県立米子高校
「自然体」になれる場所。【前編】
1年に1度、全国の高校演劇部、高校演劇ファンが待ち望むあの舞台が今年も幕を上げる。全国高等学校総合文化祭。夏の全国大会である。これまで全国無数の高校演劇部がその舞台に立つことを夢見てしのぎを削りあってきた。そして実に12校というわずかな椅子を獲得した代表校の1つが彼ら、米子高校演劇部である。同校は今大会で初の全国出場、さらに鳥取県からの中国ブロック代表は実に34年ぶりという快挙を成し遂げた。そんな新たなステージへの扉を開いた彼らの舞台裏を覗かせていただいた。
(Text&Photo by Takuya Karino)
部活をまわす部員たちとその活動風景。
鳥取県西部に位置する鳥取県立米子高校。正面玄関を入ってすぐ、校舎の斜め向かいにある創作交流ホールという建物。『演劇部』の看板が掲げられているとおり、ここが彼らの活動場所である。出迎えてくれた生徒に連れられ中に入ると、取材に慣れない筆者を部員たちが礼儀正しく迎えてくれた。まずは活動の様子を見学させてもらうと、恐らく上級生である生徒がハキハキと部員たちに指示を出している様子が伺える。途中から顧問の先生が来られたが、やはり部を取り仕切っているのは終始部員たち。非常に能動的という印象だ。しかし決して息苦しくはなく、どことなく居心地がいい。この演劇部からはそんな印象を受け取った。
難しい、でも楽しい。脚本とのファーストコンタクト。
さて、今回彼らが挑戦している演目は『学習図鑑 見たことのない小さな海の巨人の僕の必需品』。初演から既に30年近く経っているプロの劇団の作品である。その不思議な世界観にこれまでの大会の客席、生徒講評でも様々な感想・見解が飛び交った。
「正直なところ、最初は何がなんだか分からない話だと思いましたね」
部長であり演出の3年生・土山はこの脚本の第一印象をそう打ち明ける。
「普通の小学生の日常かと思いきや登場人物が子どもとは思えないようなことを言ったり、急に不思議な世界に入り込んでたり。これは一体何なんだ、とやっぱり最初は思いました」
と困惑の声をあげる部員も多数。しかし土山の言葉はこう続く。
「でも何より読んでて楽しかったです。僕だけじゃなくてみんなが楽しみながら読み合わせをやってましたね」
確かに他の部員からも同様に「読んでいて楽しい」という意見が多く発せられた。掴みどころの難しさを受け止めつつも、この脚本の魅力を多くの部員が感じていたようだ。こうして『学習図鑑』は部員たちの希望者多数で上演されることが決まった。
主人公は男子小学生 演じるは…
脚本に続いてはキャスティングである。この作品の配役はオーディションではなく読み合わせの中で自然に決まっていったとか。どうしてどの役を受け持ったのか――それぞれの役者に問いかけたこの質問に
「他に合う役がなかったんですよ(笑)」
と笑って答えたのは3年生で副部長の松下だ。彼女が演じるのはこの演目の主人公・山田のぼる。これから成長期を過ごしてゆく小学6年生。小学生らしからぬ発言も多いなかなかクセの強い少年である。彼女本人が「この役にはまった」と言い切る通り、部員の中でも山田少年のキャスティングはハマリ役として認知されている様子。
「松下先輩はほとんど山田そのものですよ(笑)」
とまで言う部員もいた。これまでの大会を観客の1人であった筆者の視点から振り返ると、松下が演じる山田少年は流暢かつ饒舌で、開演からラストまで常に喋りっぱなし。ただでさえ難しいであろうこの役を際立つ演技力で見事に演じ、客席の注目を集めていたように感じる。
演出・土山は「あいつ結構特殊なんですよ。山田少年は変わり者の小学生ですけど、松下萌々子がまず変わってる。そこが上手くハマってるんですよ」と茶化すように言う。そこに同意見を唱える部員も多かった。しかし、山田を演じることに対し、当の松下からはこんな言葉も聞くことができた。
「やっぱり自分自身の小学生時代と比較すると随分変わった子で、そのギャップを埋めるのは難しいですね。でも同時にその一筋縄ではいかないところがこの役を演じる楽しさでもあるんですけど」
この話の登場人物はみんな小学生か大人。役者たちと同年代の等身大の高校生は登場せず、その中でも松下は唯一、演じる役との性別も違う。だがそんな役とのギャップも「楽しさ」として演じきる女子高生に凄みを感じるばかりである。
見せつけたいのは、登場人物たちの関わり。
幾度となく移り変わる場面展開、それぞれアクの強い複数のパートで構成される『学習図鑑』。部員達はこの脚本のどこに惹かれるのであろうかと質問を投げかける。すると返ってくるのは「とにかく登場人物同士の掛け合い」という声が大多数。山田と学校の友達、あるいは山田と先生。それぞれのシーンについて話す部員の様子はどれも楽しそうだ。そんな中、父親役を演じる2年・松浦からはこんな言葉も。
「この話って山田っていう主人公を他の登場人物が囲んでる話じゃないですか。やっぱり山田が周りの人たちとどう関わってどう成長していくのかってところに注目してほしいです」
なるほど、この脚本はどのパートも山田が他の誰かと接することで進行している。山田の周囲の人物が彼にどんな影響を与えていくか、大きなテーマのひとつだろう。
「私もはじめの頃はやっぱりワケがわかんなくて、ただ楽しい脚本って感じてたんですよ」
そう言って脚本に対するイメージの変遷を話すのは、山田のクラスメイト富岡を演じる3年・橋井である。
「今も楽しいって印象は変わらないですけど、たとえばこれから先の人生とか、生と死とか作品の中にある要素が普段の生活の中でフッと引っかかったりして考えるきっかけになったりするんです」
確かにこの『学習図鑑』、客席にハッキリと大声で問題や価値観を訴えかけるような作品ではないだろう。楽しく笑えて浮かび出る謎にぼんやりと思考をめぐらす。そしてそれぞれの観客が何かを感じ取る。そんな楽しみ方こそ、この作品の醍醐味なのではないだろうか。
受け継がれるスタッフの力。
米子高校に対し筆者が抱くイメージの中には「美術のクオリティが高い」ことも挙げられる。現実とは少しかけ離れた不思議なビジュアルに、演出的な機能性。それらを併せ持つセットが例年つくり出されており、まずはセットを見るだけでも楽しめる。そしてもちろん『学習図鑑』もそんな例に漏れない魅力的なセットが組まれているのである。では、そのようなセットはどうつくり出されているのか、2年生の舞台監督・金山に聞いてみた。
「セットの構想は一応部員の意見から組まれてます。部員たちが家で宿題みたいにアイデアを考えてきて。『学習図鑑』のセットは主に演出さんと卒業された先輩のアイデアでつくられてますね」
そんな話を受けるこの取材中も、活動場所にはスタッフたちの振るうナグリからガンガンと音が響く。今年のコンクール作品のためのセットを組んでいるのだ。なにやら今年も趣向を凝らしたギミックを用意しているらしく驚かされるばかりである。
「先輩方が作られた『学習図鑑』のセットなんですけど、すごいと思うのは雰囲気を出すだけじゃなくて役者の演技をしっかり助けてることですね。たとえば役者の登場の仕方に変化をつけれらたりとか。セット自体に主張はあるんだけど、役者の邪魔はしてなくてピッタリはまってるなと思うんです」
と金山はその出来栄えを語った。さらに、実際に舞台に立つ役者からもこう言う。
「『学習図鑑』のセットは“使わなくなったガレージ”って設定です。でもガレージだけじゃなく、モチーフというか意味のある要素がつまったセットなんで、ちょっと気にして見てもらえたらなと思います」
とのこと。会場で本作をご覧になる際はぜひとも注目してみてはいかがだろうか。
キーワード、自分を解放する。
インタビューを進める中で部員の口から不意に漏れたこの言葉が気になった。
「自分を解放する、って言うのが部内で1つのテーマになってまして」
そんな言葉を発したのはこの4月に入学したばかりの1年生・神庭。これは詳しく聞いてみようとどういう意味か尋ねてみる。
「たとえば、家にいる自分と学校にいる自分って違うじゃないですか。教室の中にいるとやっぱり周りに気遣ったり。でも演劇部の中で気を遣ってても良い作品は生まれませんから、自分をさらけ出せるようになろうって部活の場で取り組んでるんです」
なるほど、確かに全国的に見ると、演劇部という部活では部員同士がまるで家族のような信頼を築いていることもある。そしてそれは彼らの作品づくりにとっては恐らく欠かしてはいけない要素なのだろう。
また、別のメンバーへのインタビューの中では橋井がこう答えている。
「この作品に挑戦しはじめた頃のことを思い出すと、まだまだ自分をさらけ出せていなかったと思います。どうしても恥ずかしさがブレーキになってる部分があって。けど練習を繰り返して大勢のお客さんに上演を見てもらうたびに、少しずつ自分を見せられるようになったかなと思うんです。そういう体験は自分がこの部や作品を通して得られたものだと思ってます」
実際、言葉に出すだけの目標として終わらず、「自分を解放する」ことを良い変化や成果としてしっかりと受け取っている部員もいるようだ。
本校舎の前にポツリと佇む創作交流ホール。きっとそこは彼らにとって自由にのびのびと自分をさらけ出せる、そんな場所なのだろう。
>> 後編へ続く