学校法人高田学苑 高田高校

一瞬の煌になれ。【後編】

幕が下りた後、誰も客席から立てなくなるような世界を。そんなイメージを胸に、稽古に励む高田高校演劇部。激戦を経て、彼女たちが辿り着いた理想のラストシーンとは。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)

8年ぶり中部大会出場へ。怒濤の快進撃の始まり。

そしてやってきた2度目の地区大会。「上に行けるとか行けないとか、そんなことは考えていなかった」と田中は言う。

「それよりも芝居が終わった瞬間、客席がシーンとなったんです。その反応に、もしかしたら行けるかもしれないなと初めて思いました」

高田高校12会場を圧倒するラストシーン。まだ完璧ではなかったかもしれない。だけど、その兆しを掴み取った瞬間だった。「最後まで自分たちが選ばれるか自信はなかった」と言う茶木の不安をよそに、『マスク』は優秀賞を受賞。県大会への切符を手に入れた。
県大会の本番は翌週。興奮冷めやらぬまま、一同は県大会に向けての準備に追われた。ここを突破すれば、8年ぶりの中部大会。しかし、高田高校の面々はいたってリラックスしていた。

「もちろん上に行けるのは嬉しいけど、上に行こうっていうよりは、いい作品をつくろうって。そっちの方が大事なんです」

本番前も、とにかく気持ちを落ち着かせることを第一に考えた。緊張しても仕方ない。とにかく思い切り笑って、楽しみながら舞台に挑もう。無心で臨んだ県大会でも最優秀賞を獲得。高田高校は、三重県の代表として、中部6県が集まる中部大会へ出場することが決まった。

大舞台へのチャレンジ。誰も客席から立てなくなる世界をつくる。

高田高校148年ぶり5度目の中部大会出場。長年、なかなか届かなかった大きな壁を越えた茶木たちだが、どこか自分たちの成し遂げた快挙を実感できずにいた。茶木は、「中部に行けたことは確かに嬉しかったけど、むしろそれよりもみんなで会場だった福井に行って、カニを食べることの方が楽しみでした」と笑ってみせる。

ただひとつ、どうしてもこだわりぬきたい部分があった。それは、自分がずっと思い描いていた「幕が下りた後、誰も客席から立てなくなるような世界」。中部大会進出を決めてもなおその完成形はまだつくれていない。茶木は、そう感じていた。どうすれば、集団の持つ恐怖を、客席全体に伝染させられるか。県大会から中部大会まで約4ヶ月半もの期間が空く。この間に、芝居の完成度をもう一段レベルアップさせたい。茶木は、演出面の手直しを始めた。

『マスク』は、教室での日常風景とアケミの心象風景が交互に繰り返される。自らのトラウマとコンプレックスを吐露する心象風景をよりドラマティックに見せるため、群衆の笑い声を取り入れたり、冒頭の雑踏シーンを全員板付きに変更するなど、改良を重ねた。中でも最後まで悩み抜いたのが、やはりラストシーン。アケミとサヤカが対峙する場面だ。

「サヤカの、最後の台詞は“ね?”。このたった一文字の言葉がどうしても上手く言えなくてずっと悩んでいました」

高田高校13アケミに向かって放たれる「ね?」の一言。どう言えば、もっともお客様の胸に重く深く突き刺さるのか。田中は試行錯誤を繰り返した。そんな田中を「私がどうこう言うのではなく、田中は自分から考えて、最後には役を掴んでくれた」と茶木は称える。思い描く究極の恐怖へ。猛練習の成果を見せる時が近づいてきた。

初めて手にしたトロフィーの重み。ラストステージは長崎へ。

2012年12月24日。それは、彼女たちにとって忘れられないクリスマスイブになった。強豪校ひしめく中部大会。この中で勝ち上がることはできるか。その自信はなかったが、今までやってきたものをすべて出し切ろうという覚悟はあった。どうか幕が下りた後、あの痺れるような静寂で会場がいっぱいになりますように。茶木は、それだけを願っていた。

この60分ですべてを燃やし尽くそう。私たちは、一瞬の煌になる。流れゆく星のように、もう二度と見ることができないような輝きを、初めて立った福井市文化会館のホールの板の上で放ってこよう。役者もスタッフも、そう決意して本番に挑んだ。

結果は、文部科学大臣賞。そうコールされた時に、多くの部員が何のことかわからなかった。それが全国につながるたった1枚の切符だということを理解できていなかったのだ。

「ここまで来れるなんて、まったく思ってなかったんですよ」

高田高校10茶木は、改めてそう口にする。だから、部員たちにも文部科学大臣賞が何なのかを教えていなかったのだと言う。それほど、彼女たちは無欲だったのだ。地区敗退から1年、高田高校は一瞬の煌になって全国までの道のりを駆け抜けた。初めて託されたトロフィーの重みをずっしりと感じながら、彼女たちは故郷・三重へ凱旋を果たした。

熱い夏の始まり。新しい『マスク』をつくる。

高田高校5そして3月。主役のアケミを演じた3年の飯田は卒業を迎えた。全国大会は、翌年度の8月。例年、3年生は卒業のため出場が叶わない。新たに最上級生となった茶木たちは、もう一度、キャスティングから組み直す必要があった。飯田に代わり、アケミ役を務めることになったのは、田中だ。

「もともと県大会から中部大会の間の文化祭公演で、アケミをやったこともあるんです。だからやれるかなと思ったんですけど、やっぱりなかなか難しいですね」

サヤカ役を掴んだと思った矢先のキャスティング変更。今度は対照的な立場となるアケミだ。茶木は、田中に「アケミを可哀相に見せないで」と注文する。

「アケミがいい子すぎると、お客様から見たら悲壮な感じに見えてしまう。それだと、この芝居は成立しない。もっと押し付けがましい、嫌なキャラクターにしていかないと」

茶木は、そう気を引き締める。また、キャスティングに変更のなかった役者にとっては、まる1年、ずっと同じ役を演じ続けることになる。どうしても疲れや飽きが見えてくる。そこをどう乗り越えるか。全国に向けて、茶木たちがクリアしなければいけない壁は遥かに高い。

「まだ役の理解は半分もできていない。ここからもっとアケミという役に向き合っていきたい」

そう田中が答えれば、茶木も頷き返す。

「今までよりもいいものをつくりたい。そして、全国のお客様にも、やっぱり芝居が終わった瞬間に圧倒されたようなあの感覚を味わってほしい。そのために、とにかく全力でやりきります」

中には、全国大会をもって引退を決めている3年生もいる。このメンバーで芝居ができるのは、これが最後。近づいてくる本番には、清々しさと共にどこか寂しさも混じり合っているように見えた。

みんなでひとつのものをつくる。その喜びを知った高校生活。

高田高校16「演劇部に入って、友達から何か変わったねって言われることが増えてきた。自分では何が変わったのかわからないけど」

そう渡邊は頬をかく。女子勢が大多数を占める演劇部において、貴重な男子部員。「最初は女子恐怖症やったけど、今ははっきり言えるようになった」と女子部員たちは渡邊を冷やかす。そんな彼女たちもまた演劇部で人生を変えられた者のひとりだ。

「みんなで一緒にひとつのものをつくることがこんなに楽しいことなんて知らなかった。できれば、将来はそういう仕事に就きたいなって思ってるんです」

田中はそう力強く宣言する。役が掴めず何度も葛藤してきたからこそ、未来を見据えるその視線は強く迷いがない。部長の大塚も、田中の言葉に笑顔を浮かべる。

「最初は演劇なんて全然興味がなかった。部活に入ったのも友達に誘われたから、それだけでした。でも、今は演劇が本当に大好きだし、大人になったらみんなで何かをつくる仕事がしたい。この『マスク』は、自分にとって忘れられない作品です」

支えてくれる人がいたから、ここまでやってこれた。

1年間、演出という重責に応え続けてきた茶木。最後に彼女にこんな質問を投げかけてみた。

——『マスク』を通して得たものは何ですか?

茶木は、少し悩んでこう答えた。

「演出する人間は1人でがんばらなきゃいけない、我慢しなきゃいけないってずっと思ってた。でも、この1年間、本当にいろんな人が自分のことを支えてくれているんだってことを知りました」

高田高校7そう言いながら、不意に茶木は涙をこぼした。突然こみ上げてくる感情に、自分でも戸惑っているようだった。だが、その涙には理由があった。実は、練習期間中、裏との連携がとれず、製作スケジュールが遅れたり、小道具の数が足りなくなってしまったことがあったのだ。原因は、自分の認識の甘さ。言わなくても、きっとやってくれてるだろう。そんな勝手な思い込みで、渡邊や大塚に状況確認することを怠った。結果、スタッフとの間に小さな亀裂が入り、先生から叱責を受けることとなった。

落ち込む自分を、励ましてくれたのが、友達だった。「大丈夫やよ」。その一言が、誰にも言えない不安を抱える茶木の心を支えてくれた。

「全然、悲しくないのに」と笑って、茶木は頬を拭う。「最近、涙腺が緩くて」とおどけるその顔は、少女から一歩、大人への階段を上った表情にも見えた。

残す舞台は、全国大会のみ。その時、彼女たちはもう一度涙を流すだろう。それはきっと仲間と共に最後まで走りぬいた者たちだけに許される歓喜の涙だ。高田高校は、8月、長崎で一瞬の煌になる。

 
 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

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