大阪市立鶴見商業高校

ぶち壊した壁の先に。【前編】

お芝居には、その人にしか書けない「ホン」がある。鶴見商業高校が演じた『ROCK U!』もまた、そんな作品のひとつだろう。「在日コリアン」という社会性の高いテーマに真っ向から挑み、自分の居場所を求めて葛藤する女子高生たちの姿をパワーたっぷりに描いた本作は、多くの観客の心を揺さぶり、見事近畿代表として全国大会出場の切符を勝ち取った。あの力強いメッセージの裏側にはどんなドラマが秘められていたのか。3月の末、中心メンバーの卒業を経て、新たに生まれ変わろうとする鶴商演劇部――ツルドレンたちに今だから話せる本音を語ってもらった。

(Text by Yoshiaki Yokogawa  Photo by Ai Miyazaki)

初めて飛び込んだ日本文化。痛感した「在日コリアン」の宿命。

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2012年9月上旬、部員たちは大きな決断に迫られていた。高校演劇生にとっての甲子園――全国高等学校演劇大会、その大事な地区予選に向けた台本決めが、今まさに行われていた。候補作は、3つ。そのうちの1本が、『ROCK U!』だった。脚本を務めたのは、3年生のチョン。小中学を朝鮮学校で過ごした「在日コリアン」だった。演劇がしたいという一心で、鶴見商業高校へ進学を決めたチョン。しかし、ずっと朝鮮学校の文化で育ってきたチョンにとっては、日本の高校での日々はカルチャーショックの連続だったと言う。

「私たちは子どもの頃から“朝鮮人であることに誇りを持て”と育てられてきました。この日本社会で自分たちはハンデを背負って生きている。だから日本人に負けてはいけないと言い聞かされてきたし、規律も厳しかった。正直、そんなふうに何かを背負ったように生きなきゃいけないことが重荷に感じることもありました」

だが、日本の高校生は全然違う。授業に遅刻してくることもあれば先生に敬語を使わないこともある。自分のいた世界では絶対に考えられない高校での日常に、チョンは戸惑いと反発を覚えた。

中でもチョンがショックを受けたのは、多くの高校生が「在日」というものを理解していないことだった。生徒だけではない。教師もまた正しく「在日」を認知しているようには思えなかった。自分たちがこれだけこだわり、縛られ続けた「在日コリアン」とは何なのか。チョンの高校生活はその答えを探し、自らの存在意義を問い続ける3年間だった。

スナとミレ。ふたりの主人公に重ねたチョンの想い。

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『ROCK U!』には、ふたりの対照的な主人公が登場する。「在日」というしがらみから解き放たれ、日本の高校で自分らしく自由に生きるスナ。そして、「在日」という出自ゆえにクラスメイトと衝突を繰り返すミレだ。ふたりの「在日コリアン」は、チョン自身の憧れと葛藤を投影させたキャラクターのように見える。

「スナは、自分にとってこうありたいという理想の姿。実生活で私はスナのようにはなられへんと思うけれど、スナのような子がいれば世の中は変わっていくんじゃないか。そんな願いをこめたキャラクターです。一方、ミレは入学当初の私自身に近いキャラクター。私はあそこまで激しくなかったけど(笑)、心境としては似たところがあった。どちらが自分により近いというよりは、どちらの心の内も自分に当てはまるものがありますね」

劇中、バラバラだった少女たちはバンドを結成し、本番に向けて練習に励む。なぜロックを題材に取り上げたのか。そこには、チョン自身の同胞への想いがあった。

「朝鮮学校時代の後輩で、同じように日本の高校に進学した男の子がいるんです。彼はずっと音楽を通して在日に関する差別をなくしたいって訴えていました。彼はその想いを原動力にして、高校生ラップ選手権で優勝までしたんです。感動したし、刺激になった。私には何かできるのか。そう考えた時に、演劇しかないなって。演劇で私は在日への偏見をなくしていきたいって決意しました。実は、劇中に登場する穂恵美は、彼がモデルになっているんです。HIP-HOPにかける彼の力を借りるつもりで、音楽をもうひとつの軸にすることに決めました」

そこで思いついたのが、ROCKだった。

「ROCKとは、何かをぶち壊すもの。偏見や欺瞞や、周囲を取り囲む様々な壁をぶち壊し、自由を掴む姿を、ROCKに重ね合わせたんです」

自分たちにできるのか。不安と迷いの台本決め。

苦心の末に完成した『ROCK U!』だが、部員の反応は賛否両論だった。「在日」という存在そのものを知らなかった者。中学時代、同じように差別に苦しんでいた「在日」の友人がいた者。「在日」に対する知識も反応も千差万別だった。

中でも劇中でもうひとりの「在日」であるテソンを演じた1年のガンツはチョンと同じ「在日コリアン」だ。しかし、「チョン先輩の訴えに最初は共感できなかった」と打ち明ける。

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「オレにとって朝鮮人の血は恥じるものじゃない。自分は自分。何か言うやつがいれば黙らせればいい。だから朝鮮人だなんだって声高に主張するのは違うんじゃないかって、そう思ったんです」

台本が難しすぎる。やりたいけれど、できるか不安。様々な意見が飛び交った。ミーティングは5時間に及んだ。最後に決め手になったのは、チョンの想いだった。

「難しい台本かもしらん。“在日”に関する歴史的背景を知ることは決して簡単なことではないかもしれん。でも、“在日”の抱えているものは、必ず自分たち日本人にリンクしているものがあるはず。難しいからって最初からあきらめてたら、何も始まらへん。そう伝えました」

チョンの言葉に、部員たちは心を決めた。ツルドレンの『ROCK U!』が始まった瞬間だった。

任された大役。心情が理解できず、もがき苦しむ日々が続いた。

「最初に台本を読んだ時は難しい言葉ばっかりで、何が書かれているのかわかりませんでした」

ミレを演じた1年のユッポはそう苦笑いする。自らも中学時代に「在日」の友人がいた。「在日」のことを知ってほしい、でもそんなことできるはずがない。そう悩んでいた友人を思い出した時、この台本をやりたいと思った。

「でも、自分がミレをやるなんて全然思ってもいませんでした」

配役は、チョンが読み合わせでの演技を見て決定した。ミレは、『ROCK U!』の中でも軸となる人物。しかし、演出のチョンの中でもミレはこんな役だという確たるものはまだなかった。多くの部員の演技を見る中で明確になってきたこと。それは、ミレの持つ過剰なくらいのひたむきさだ。それを最も自然に表現できていたのがユッポだった。ユッポの持ち前のまっすぐさがあれば、きっとミレになりきってくれるはず。劇全体をリードする大役を、入部間もない1年生に託した。

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「“在日”の心情がわからない私なんかがやっていいのかって、めっちゃ迷って。チョン先輩からは、何度も“台詞を台詞として覚えたらあかん”とダメ出しをされました」

ツルドレンの練習スタイルは独特だ。先に細かくひとつひとつの場をつくりこんでいくのではなく、大まかに動きを決めたらまずは通し稽古を行う。通してみなければわからないことが多い、が持論。全体を通して演じる経験を重ね、そこから自分の役柄を掴み取っていく。『ROCK U!』でも配役決定から約2週間後には通し稽古を行った。人一倍感情の上下が激しいミレに、ユッポは「死ぬんじゃないかと思った(笑)」と言うほど疲弊していた。役を掴めずに悩む後輩に、チョンはアドバイスを重ねた。

「在日」としてではなく、ひとりの女の子として役と向き合うこと。

tsuru3「朝鮮学校時代のことを語るミレを、朝鮮学校に通ったことがないユッポが理解するのは確かに難しい。でも、ミレが感じる寂しさや重荷は、カタチを置き換えたら絶対にユッポも感じたことがあるはず。その感覚を引き出してあげられるよう、いろいろ会話をしましたね」

――ユッポは今まで自分の居場所がないと感じたことはない? そうチョンに尋ねられた時、ユッポは初めてミレのことを近くに感じた。

「“在日”のことを考えよう考えようとしなくてもいい。それよりも自分に置き換えてみたら絶対に共感できるところがあるはずやから。チョン先輩のその言葉がきっかけで、少しずつミレのことがわかるようになってきたんです」

「在日」であることが大事なんじゃない。あくまで、ひとりの女の子としてミレをとらえること。「在日」というキーワードは、ミレを表すプロフィールのひとつに過ぎない。そう思えるようになった時、ようやくミレが自分の中に入ってきた。

「ミレは、強がりで不器用な女の子。周囲に弱いところを見せられないミレは、自分にとっても共感できるところがいっぱいありました」

本当に自分が演じていいのか。悩み続けたミレという役と、やっとユッポはつながり合えるようになった。

 

>> 後編へ続く

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