山梨県立甲府南高校
「いつも通り」の自分たちで。【後編】
田舎チョキ。『銀河鉄道の夜』。ザクリッチ。様々なキーワードを織りまぜながら夢とうつつの入り混じる不思議な世界を構築する『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』。難解ながらも深い奥行きをたたえた本作を引っさげ、甲府南高校演劇部は大会に臨んだ。目標は、関東出場。一夜の奇妙な冒険劇の結末は、果たしてどこに続いていたのか。
(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)※公演写真を除く
緊張と不安の本番当日。握りしめた手の温かさに勇気をもらった。
1ヶ月強の練習期間を経て、甲府南高校はいよいよ地区大会本番の時を迎えようとしていた。しかし、本番を前に部員たちは「練習量が足りない」と焦りを抱えていた。当日は朝から集まり、搬入までのわずかな期間を稽古にあてた。それぞれ頭の中につめこんだ台詞をもう一度、入念に繰り返す。入部1ヶ月、初めて大会に挑んだ2年の秋山は、当日の心境をこう述懐する。
「今までダンスとか合唱とか、そういうふうに人前で何かを発表することなんて一度もなくて。何で私はここに来てしまったんだろうという感じ(笑)。こんな時期にこんなところに入ってしまって大変なことばっかりだったけど、みんなと仲良く稽古ができたし、これはこれで良かったのかなあなんて思ってました」
一方、1年の那須は自他共に認める緊張屋。当日朝の練習でも思わず台詞が飛んでしまい、パニックになった。本番で同じようなミスをしてしまったらどうしよう。よからぬ想像で頭がいっぱいになる那須にエネルギーをくれたのは、本番前の甲府南高校のある儀式だった。
「本番前、うちではみんなで握手をするんです。すごく緊張する性格なんですけど、みんなと握手をすると、心がちょっと落ち着くんですよね」
それぞれの温かい手のぬくもりを感じる瞬間、那須はいつも「演劇部に入って良かった」という充実感で満ち足りた想いになる。幕が上がって最初のきっかけは、2年の上野。全員が舞台袖で待機する中、ハンドベルを鳴らし先頭を切って登場する。「ハンドベルを鳴らすのが大の苦手」という上野は、とにかくキレイに音が鳴りますようにと祈りを込めてその時を待った。
それぞれの夢を乗せた『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』、始まりの時だった。
観客の反応が元気と自信になる。いざ目標の関東大会へ。
当人たちの不安をよそに、『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』は高い評価を受けて、地区大会、そして県大会を勝ち上がった。初めての大会を振り返り、那須は「楽しめた」と笑顔だ。
「最初は自分の名前がタイトルに入っているのが恥ずかしかったんですけど、本番が終わった後に、お客さんが“マナちゃんのあの劇良かったよね”と言ってくれるの聞いて、“あ、嬉しいな”ってなりました」
はにかむその表情が、手ごたえを物語っている。演出の上野も「お母さんとマナちゃんの掛け合いとか、狙い通りのところで笑いが起きてくれたことが嬉しくて、舞台袖で跳ねちゃったりしました」と満足げな笑みを浮かべる。目標通り4大会連続関東出場を果たした甲府南高校演劇部は、翌年1月の本番に向け、一層練習に力を入れた。その中で課題として浮かび上がったのが、やはり台本の解釈だった。
役に心を寄り添わせることで、見えてきた自分自身の成長の片鱗。
「自分たちの中で理解しきれていないところがあって、やっぱりそれがちゃんとわかっていないとダメだなということは痛感しました。たとえば、私が指で人を撃つ場面。前半でヒロハルちゃんを撃つ時は、マナちゃんはただ“えーっ!”と驚いているだけ。でも後半、戦士を撃つ場面では自分のしたことに恐怖を感じている。その違いは何なのか。一生懸命考えました」
今こうしている間にもどこかの国で起きている戦争。現実感がないのは、自分たちも同じこと。「ここはマナちゃんの部屋でもあり戦場でもある」と告げるカンパネルラに拒絶を示すマナちゃんに、那須は自分自身を重ね合わせた。
「私として感じたこととマナちゃんとして感じたこと。互いに共感できるところは、そのまま演じればいいのかなと思うようになりました。マナちゃんは、よく驚くし、よく感じる。いろいろ感じて吸収するのがマナちゃんだと思うので、マナちゃんが吸収したことを私も吸収できるようにと思って演じていました。この役を通して、私はいろんなことを学べたような気がします」
充実の関東大会。そして掴んだ予想外の全国への切符。
練習開始から、気づけば5ヶ月の時間が過ぎていた。手探りながらも、ひとつひとつ自分たちなりの答えを求め、積み重ねてきた月日を振り返り、部員たちは確かな成長を感じていた。「最も印象深かった公演は?」という質問に、みんなが「関東大会」と口を揃える。しっかり練習を積んできたという手ごたえがあったからこそ、結果にも納得できた。それでも、全国出場という展開は、部員たちにとっては想定外だったらしい。
「全国が決まった時は思わず“えーっ!”って言っちゃいました」
マナちゃんさながらのオーバーリアクションで、那須は驚きを表現した。どの出場校もすごい舞台をつくり上げてきた。だから自分たちが選ばれるなんて、まるで思ってもみなかった。壇上で賞状を受け取った時も「頭は真っ白だった」と上野は明かす。夢にも見ていなかった夢の舞台。マナちゃんと共に駆け抜けた幻想的な冒険譚の終章は、ひたちなか市文化会館へと続いていた。
自然体で楽しむこと。甲府南高校らしさを、全国の舞台で。
「自分たちができる精一杯を出し切って、お客さんに楽しんでもらって、自分も楽しんでこれたら」
2年の佐藤はそう抱負を語る。春を迎え、最上級生となった彼女たちにとって、夏の全国は高校生活最後の舞台。特別な感慨が湧き起こるのも無理はない。一方で、上野は改めて「いつも通りで」と繰り返す。
「いつも通り、これまでやってきた通りに、自分たちが楽しくやって、お客さんにも楽しんでもらって。それが目標です。新しく1年生も入ったことだし、劇の雰囲気はもちろんなんですけど、部活そのものがいい雰囲気で全国の本番を迎えられたらいいなと思います」
肩肘を張る必要なんてない。大舞台を前にしても、あくまで自然体。それが甲府南高校演劇部の流儀だ。その先にあるのは、お客さんの楽しんでいる表情。それだけをイメージして、残り1ヶ月、練習に打ち込む。
みんなと一緒に同じボートに乗る。それがすごく嬉しい。
「演劇部に来ると、自分がいかに自分のことしか考えていないのか思い知るんです」
2年の小林がそう本音を吐露する。どうすればもっと全体が良くなるかを考え、行動に移す他のメンバーを見て、自分の視野の狭さを突きつけられる。小林は、そんな小さなコンプレックスに対しても「おかげで気が引き締まる」と前向きだ。共に切磋琢磨できる相手だからこそ、どんな本音も打ち明けられる。2年の廣瀬も演劇部の存在を「自分らしくいられる場所」と噛みしめる。
「ありきたりな言葉になっちゃいますけど、仲間っていいなって。この学校の、この演劇部のみんなの優しさがすごく幸せです」
今はただ全国の観客に、自分たちがつくり上げた『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』をどう楽しんでもらうか。そのことに、想いは集中している。演出の上野は好きな場面のひとつに「終盤のボートのシーン」を挙げる。
「この物語のいちばん深いところ。他の場面とはまた違う独特の雰囲気を出したい。それに、このシーンではみんなが舞台に出て、みんなで同じボートに乗っているんです。それが嬉しくて」
そう語る横顔に、部長らしい仲間想いの一面を見た気がした。小さなボートに乗り、みんなでオールを漕ぐ。この一体感こそが、甲府南高校演劇部の持ち味なのだろう。たとえ本番が終わって、みんながそれぞれの港へと降り立ったとしても、きっと一緒にオールを漕いだその想い出は消えたりしない。
初めての全国に向けて。忘れられないとびきりの夏の予感。
「私たちも最初はわからなかったように、一回見ただけじゃ細かいところまでわからないかもしれない。でも展開が早いから、その流れに乗って楽しんでくれたらそれで大丈夫。何となくそういうことかもな、とちょっとでも心に残ってもらえたらいいなと思います」
マナちゃん役の那須は、見どころをそう語った。「あとはいっぱい笑ってください」とおどけて付け加えながら。
重苦しい悲壮感は、自分たちには似合わない。「舞台上を動き回っているのが好き」と宣言する通り、マナちゃんと夢の中の人物たちになり代わって、この奇妙な世界を存分に遊びつくす。「いつも通り」の自分たちで挑む、「いつも通り」ではない特別な舞台。きっとそれは誰にとっても忘れられない60分となるはずだ。
※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。
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