福島県立相馬農業高校飯舘校

さよなら、校舎。【後編】

地区大会から県大会まで約3週間。相馬農業高校飯舘校演劇部は、台本の大幅な直しを決めた。時間は十全にあるとは言いがたい。西田教諭も「あれは賭けだった」と振り返る。それでも、台本を書き直すことに決めたのは、もっと自分たちの伝えたいことを、深く、深く、掘り下げていくためだった。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa  Assistant by Kanata Nakamura)

自分たちが伝えるべきことは何か。台本15ページ分がまるまる書き換えに。

「実は当初の台本では、後半部分で村の校舎に行った子たちのお話があったんですよ。校舎が村に還ることで悲しむ人もいれば、当然喜ぶ人だっている。その両面を描きたいという気持ちが最初はありました」(西田教諭)

だが、地区大会を終えたタイミングで、西田教諭は村の校舎に戻る子どもたちのドラマをばっさりとカットすることを決めた。

「上手くドラマを膨らませることができなかった、というのが一番の理由です。イクミ先生役の夏海を除くと、僕たちは飯舘村に地縁も特別な想い出もない。だから、そこについてリアリティをもって書くということが難しかった。それよりも、僕らが伝えていくべきなのは、校舎がなくなってしまう側の人間の想いなんじゃないか、と。あれは、ひとつの決断でしたね」(西田教諭)

変更箇所は、台本にして約15ページ相当。60分という上演時間を考えれば、占めるウェイトは大きい。だが、削った分だけ書けたものがあった。ハルカとサトルが、校舎に別れを告げるクライマックス。恨みとも、寂しさとも、感謝ともつかない、複雑な心情をより緻密に描くことができた。そうしてさらに磨き上げられた『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』は県大会を通過し、東北大会へ。いよいよ飯舘校のドラマは、自分たちの想像すらしていなかった次元へと広がりはじめていった。

成長を認めてもらえたことが嬉しかった。開かれた、全国への扉。

一方、公演を重ねていくごとに、部員たちの間にも確実に変化が生まれはじめた。サトル役の後藤滝翔さんは、1年生の終わりに入部。環境に馴染みきれず、最初の上演となった春の発表会のときは、練習も休みがちだったと言う。

「みんなに迷惑をかけてばかりで、本番の日も、いろんな人が観に来てくれているのに、僕だけ棒読み。そういう自分を客観的に見て、不甲斐ないなと思ったんです。結果も出せていないのに、態度だけは傲慢で。それじゃいけないんじゃないかって」(滝翔さん)

だが、女性への苦手意識は根強く、地区大会を迎えてもなお部員たちと打ち解けることは難しかった。滝翔さんが変わりはじめたのは、東北大会のとき。そこで、他校の上演を客席で観て、演劇の面白さに打ち震えた。

「1時間という短い時間の中では絶対に答えが出ないようなテーマをしっかりと表現されている他校さんの劇を観て、自然と引きこまれました。決して普段から物事を深く考える人間じゃない僕でも思わずいろいろ考えさせられてしまう作品が多くて。1時間でここまで感動できるのはすごいな、と。人の感情のうねりをそのままぶつけられた作品に出会うたび、演劇って面白いと惹かれるようになりました」(滝翔さん)

また、役者としての成長を感じられたのも、この東北大会だった。

「西田先生の知り合いの先生が、東北大会での僕の演技を見て『地区の頃よりずっと上手くなった』と褒めてくださったそうなんです。僕は今まで何か頑張ってきても、大事な場面で環境によって崩されることが多くて。だから人から評価をしてもらえることなんて絶対ないと決め込んでいた。でも、そんなふうに自分の成長を認めてくれている人がいるんだということを知って、もっと真面目に取り組まいといけないなって、気持ちが変わりました」(滝翔さん)

2年連続の東北大会出場。いわゆる強豪校ではない自分たちにとって、もうそれだけで身が縮むような名誉だった。だから、東北大会の板を踏んだときも、その先のことなんてまるで想像していなかった。滝翔さん曰く、全国は「雲の上」の話。だから、講評で最優秀賞に自分たちの名前がコールされたときは、事態が全く呑み込めず、硬直状態だったと言う。一方、祈るようにして結果を待ち続けていたのが、ユキ役の優歩さんだった。

「嬉しい気持ちで涙が出そうになりました」(優歩さん)

そう発表の瞬間の気持ちを振り返る。部長としてみんなを引っ張ってきた千那さんも、「最初は間違いかと思った」と驚きの表情だ。

「やっと実感が湧きはじめたのは、家族とか友人とかお世話になった人たちに『全国に行けました』って報告をしたとき。それまでずっと全国は『青春舞台』で観るだけの、画面の中の世界だと思っていたので。全国に行くんだということを自分の口で報告して、初めて距離が縮まった感じがありました」(千那さん)

伝えること。それだけを信じて、舞台へ上がる。

春に顔を出した『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』という小さな芽は、夏の太陽を浴び、秋の風に吹かれ、冬の寒さを耐え、強く逞しくなって、2度目の春を迎えた。千那さんたちは3年生になったが、わずか13名の新入生の中から入部を志望する生徒は現れず、結局3年生だけで全国の舞台を迎えることに。代わりに、音響として新たに加わったのが、同じ学年の半澤楓さんだ。3年生5人だけ。高校演劇の頂点である全国大会に臨むには、少し寂しい人数かもしれない。だが、そんな状況に負けじと、飯舘校演劇部は練習に励んだ。

その中で中心となっているのは、やはりハルカ役の千那さんだ。中学時代に不登校の経験があると告白したが、今の千那さんを見ていると、そんな過去はとても連想できない。西田教諭のいない間は、自ら演出役となって、部員の演技をチェックする。ちょっとした台詞の音の変化や、机の触り方にも敏感に反応し、細かくアドバイスを加える。こちらの質問に答える姿も堂々としたものだ。そのまっすぐな声を聞いていると、自然と舞台上にいたハルカの面影が浮かび上がってくるようだった。

千那さんの演技は、とても印象的だ。持ち前の少し低めの硬質な声が、独特のトーンを生む。ハルカを演じる上で、彼女がいちばん大事にしたことは「伝える」ことだった。

「全国の講習会で演技のワークショップを受けたときに、『もっと静かに、囁くように台詞を言ってみたら』とアドバイスをいただいたりもしました。でも、そういう意見も受け止めた上で、私自身ははっきりと伝えることを大事にしたいと思っています。静かに言って伝わる芝居なら、全国まで来ていない。囁くようにして伝わる言葉なら、台本に書く必要がない。私は、福島のことを知らない人にも、単語のひとつひとつまで理解してもらえるようなお芝居がしたかった。だから、言葉とか、発声の仕方とか、そういう技術的な面はかなり意識をしていました」(千那さん)

その気持ちは、他の部員も同じだ。

「僕も、一番は単語を丁寧に伝えることを心がけています。お客さんにとっては初めて聞く言葉ばかり。相手にちゃんと届けるには、言葉に誠実でいなければならないと思っています」(滝翔さん)

伝えることへの、妥協のないこだわり。その姿勢が結実したのが、全国という舞台だ。

「私は、全国が最初の舞台。いきなりそんな大舞台で、本当にミスなくできるかという不安がずっとありました」(半澤さん)

3年生になって入部した半澤楓さんは、当時の緊張をそう振り返る。入部して約4ヶ月で全国だ。緊張するな、という方が無理な話だろう。不安に揺れる半澤さんを支えたのは、仲間からの言葉だった。台本の裏表紙に寄せられた、他の部員たちからのメッセージ。同じ板の上にいない半澤さんは、それを見て逃げ出しそうになる心を奮い立たせた。

「みんなからのメッセージを見て、気合いが入った。あのとき、初めて不可能を可能に変えられるんだっていう気持ちを持てた気がします」(半澤さん)

静かなピアノの調べに乗せて、客席へと向けられる、まっすぐな想い。決して感情を荒げることなく、芯のある声でいつか来る未来について話すハルカに、観客の心は射抜かれた。そして、想像せずにはいられなかった。まだ見ぬプレハブ校舎と、柔らかい床からキュッキュッと鳴る靴音を。一般的なそれの3分の1しかない狭い教室で、交わされる囁きと笑い声を。いつかなくなる仮の学び舎で、青春を送る生徒たちの光景に、観る人それぞれが想いを馳せた。それが、2017年8月2日、あの仙台市泉文化創造センター 大ホールで起きたささやかな奇跡のすべてだった。

やってきた「いつか、その日」。飯舘校、募集停止へ。

全国から6ヶ月。もうすぐ千那さんたちは飯舘校を卒業する。3年間通ったプレハブ校舎とも、いよいよお別れだ。けれど、卒業を直前に控えながらも、千那さんたちは今も変わらず部活を続けていた。1月に地元・福島での最終上演。そして2月に東京での上演が控えている。彼女たちが放った光は、全国では終わらなかった。宇宙に浮かぶ星の光が、何万光年の時を超え地上に届くように、時を経て、また新たな観客の心を照らそうとしている。

だが、少しだけ、全国大会時と事情が異なっている点がある。2017年10月20日、地方紙の片隅に、小さな記事が掲載された。相馬農業高校飯舘校、募集停止へ――定員割れの続く同校で、ついに次年度より生徒募集の停止が決定したのだ。いつか、が来た。もう、仮想の話、ではなくなったのだ。しかも、そのいつかは、村の校舎に還るという未来ではなく、事実上の閉鎖を意味していた。プレハブ校舎の母校がなくなる、その日がいよいよ現実のものとなろうとしていた。

「募集停止と聞いて、ショックでした」(優歩さん)

自分たちの力では動かしがたい現実に、部員たちも揺れていた。だが、そんな中でも千那さんは、これから自分たちがやるべきことをはっきりと理解しているようだった。

「全国までは、募集停止になるなんて思っていなかったから、ちゃんと未来を見ていられた。でも、今はもうこの学校に新しい生徒が入ってこないということをわかっている。演じる私たちの気持ちは確かに違うかもしれません。でも、それはあくまで私たちの話で、このお話の中のハルカたちには関係ない。自分たちの心境の変化を出さずに、あくまで想像の段階ということを頭に置いて演じないといけないと思っています」(千那さん)

千那さんは、とても冷静な女の子だった。明晰に、この脚本の意図を自分の言葉で説明できる力を持っていた。そもそも全国大会が終わった後も、「これで終わりにしてはいけない」という想いを持ち続けていたのは、他ならぬ千那さんだった。

「これまで大会とか、地元の公演とか、いろんな場所でこの作品をやらせてもらったんですけど、私はまだ自分たちの想いが届いたという実感は持っちゃいけないと思っています。それはもちろんこの後にも公演が残っているからというのもあるけど、私たち自身、これから先この学校がどうなっていくのかわからない。だから、まだ想像を止めちゃいけないと思っているからです。ニュースを見ていても、まだまだ考え続けなきゃいけないと思うし、飯舘校のことを知らないいろんな人に見てもらって、少しでも理解を深めてほしい。まだ、私たちの気持ちは伝えきられていない。だから、ピリオドは打っちゃいけないと思っています」(千那さん)

まだ見ぬたくさんの観客へ。飯舘校という学校が存在していることを。そこで生きている私たちがいることを、伝える。そのために、卒業間近の今も、彼女たちは学校へ来る。練習をする。ひたすら自分たちと向き合い続ける。

部活を続けてきて良かった。相馬農業高校飯舘校演劇部、最後の公演。

東京公演に向けて、優歩さんが「東京のお客さんに私たちのことを理解してほしい」と意気込みを述べると、楓さんも「いろんな地域の人に現状を知ってもらえるように」と願いを込める。そのためにも滝翔さんは「自分本位な演技にならないように」と戒める。福島という土地について理解の浅い首都圏の住民が観客だからこそ「もっときちんと伝わるように、1段階でも2段階でもレベルアップしたい」と意欲を燃やしている。2年生の春から実に2年もの間をかけて育み続けた『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』。その集大成の幕が、まもなく上がる。

「福島でつくられた電気が、東京で使われている。その土地に住む人たちが、この劇をどんなふうに観てくださるんだろう、という興味はあります」(千那さん)

千那さんは、そう言った。初めてこの作品に出会ったときから、ずっと変わらない。この飯舘校のことを知ってほしい。そして考えてほしい。その小さな背中には、太い背骨が通っている。だから、ブレない。

「2日で4公演。同じ舞台はないですし、私たちも同じように演じることはできません。ただ、とにかく私が思うことは、間違ったことが伝わらないようにしたい。正しい情報を正しく伝えたい。そこだけはずっと念頭に置いてきたことなので、しっかりやり遂げたいです。そして、初めて観てくださった方の感想を聞いてみたいです。どんな意見でも構いません。みなさんの声が聞きたいです」(千那さん)

千那さんは、高校を卒業したら就職する。当初は大学進学を希望していたが、家庭の事情により進路を変えることとなった。演劇部で鍛えた声を使う仕事がしたいという想いから、卸売の会社で商品のアピールポイントを説明するアドバイザーという職を見つけ、そこで働きはじめる。決して後ろ向きな選択ではない。校舎を失って苛立つハルカのように、自分の力ではどうしようもない現実に、組み伏されたわけではない。ちゃんと、自分で、自分の生き方を、決めた。「大学には行けなかったけど、後悔はしていない」ときっぱり答え、そして「部活を続けてきて良かった」と清々しく前を向く。

千那さんだけじゃない。優歩さんも、夏海さんも、滝翔さんも、楓さんも、みんなここでいろんなことを学んだ。幅7m10cm×奥行き4m40cm。10人も入ったらいっぱいになる小さな教室で、3年間過ごした。だからもし校舎がなくなったとしても、それは決して可哀相なことなんかじゃない。カタチあるものがなくなっても、千那さんたちがここで過ごした日々は、絶対に消えることなんてないのだから。

福島県福島市永井川字中西田14-1。そこに2階建てのプレハブ校舎は、今日も、建っている。福島の身を切るような冷たい風や、舞い散る雪にさらされながら、今日もプレハブ校舎は、そこに通う生徒たちを抱くようにして守り続けている。

INFORMATION

福島県立相馬農業高等学校飯舘校演劇部

『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』

<日程>

2018/02/11 (日)13:00~/17:00~

2018/02/12 (月)13:00~/17:00~

※前売券は、全回完売です。ご予約がおすみでないお客様は、当日券をお求めください。

<会場>

アトリエ春風舎(東京都) ※各線「小竹向原駅」下車4番出口より徒歩3分
 
▼公演の詳細はこちらをご参照ください。
http://www.komaba-agora.com/play/6703

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