第61回全国高等学校演劇大会に行ってみた。【1日目】
全国約2100校の演劇部が目指す最高峰・第61回全国高等学校演劇大会の幕が上がりました。
今年はももクロ主演の映画『幕が上がる』効果もあり、例年以上に注目を集める高校演劇。
この全国大会では、小説や映画に勝るとも劣らないドラマが1日目から繰り広げられています!
ということで、早速、本日の上演校をプレイバック。
会場に来られなかった方も全国の興奮を『ゲキ部!』を通じて味わっちゃってください。
(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)
緑風冠高校『太鼓』
資料によると、この『太鼓』が発表されたのは1956年。今から60年近く前のこと。
言い換えると敗戦から10年。ようやく日本が焼け野原から立ち上がり、
慎太郎刈り(知らない人は先生に聞いてみよう)がブームとなるなど、
過去に例のない高度経済成長期のとば口に立った時代のことです。
当然、現代の私たちとは文化も価値観も戦争に対するとらえ方もまったく違う。
そんな半世紀以上も前の作品に、
今の高校生たちがチャレンジしたということに、まず関心が湧きました。
実際、戯曲の持つ途方のない深さに
演じる高校生たちが飲みこまれそうになっていた部分もあるかもしれません。
それでも、親も教師も、
祖父母でさえ戦争を経験していない(あるいは実体験を語れない)世代でありながら、
昨今の日本情勢の中で、どこか戦場に出ることを考えずにはいられない高校生だからこそ、
主人公である新兵の少年を演じる意義があったのではないかと感じました。
生徒講評委員の公開討論会でも、
「最初は戦争を恐れていた少年が、いつの間にか銃声の音にも慣れてしまったところにドキッとした」
「お互いに平和を求め合っているはずなのに、
言葉が通じないために撃ち合いになってしまうことが悲しかった」
「“太鼓を鳴らせ”という台詞のおかげで“死”ではなく
“生きていこう”という気持ちを持てるのが肝か思った」
と重厚な作品のテーマを深く深く噛みしめるような感想が次々と飛び交っていました。
緑風冠高校演劇部のみなさん、お疲れ様でした!
佐賀東高校『ママ』
手垢のついた表現で恐縮ですが、「感動の大作」という謳い文句がぴったりの本作。
終盤では自然と客席からすすり泣く声が聞こえてきました。
脳梗塞で倒れた母。延命治療をするには多額の治療費が必要となる。
しかし、娘の進学費用もある親戚一家は延命治療に反対し、主人公のコハルは孤立する。
そんな重いスタートから一転、母が青春時代に書いた台本を手にしたコハルは、
母の人生を辿るように、母が描いた台本の世界と、母が生きた劇団の世界へと迷いこんでいく。
「はじめまして。ママがつくった“世界”」という印象的な台詞と共に幕を開ける劇中劇の世界は、
ヘビーな現実とは裏腹に躍動感たっぷり。
演じる高校生たちも表情豊かに溌剌と明るい世界を舞台いっぱいに広げてくれます。
だからこそ、徐々に迫る母との本当の別れに胸が揺さぶられました。
生徒講評委員の公開討論会でも、
「台本の続きを書いていくよということが、
ママの夢の続きを僕が引き継いでいくよという決意なのかなと思った。
親にありがとうってことをちゃんと伝えたいなと思いました」
「いとこの女の子とのぶつかり合いが良かった。演出も凝っていて、統率感のある劇だと思った」
「劇中に何度か出てきた自己満足という言葉が、ずっといい言葉じゃないと思っていたのに、
悪い言葉じゃないんじゃないかなって何度か思うようになって、見方が変わりました」
と感動の声が。内容を思い返して、思わずまた泣き出してしまう生徒もいたほどでした。
佐賀東高校演劇部のみなさん、お疲れ様でした!
大分豊府高校『うさみくんのお姉ちゃん』
テーマ性の高い前2作から一転、今大会初のコメディとなった本作。
まず何と言っても素晴らしかったのが、冒頭。
ただ単に二人の女子高生がくだらない雑談で笑うだけのシーンなのですが、
ここですでに会場から笑い声が。
演劇というのは、序盤の立ち上がりが本当に難しいもの。
観客もどんなお芝居なのか探り探り見ていますから、心の扉を決して完全に開放はしていません。
そんな中で、しっかりここで「このお芝居は思い切り笑ってもいいんだ」という
お互いの意思疎通が図れたことが大きかった。
以降、繰り出すネタはどれもしっかりと場内の笑いを誘っていました。
それでいて、単なるライトコメディに終わらず、しっかりとテーマを観客に伝えられたところも見事。
単に、内気な男子高生・溝呂木くんを嘲笑する女子高生たちを
お姉ちゃんが断罪するだけなら片手落ちになるところを、
しっかりと溝呂木くんに「逃げちゃダメよ」と正面からぶつかったところが良かったです。
おかげで溝呂木くんのアンパンマンのマーチに乗せた「いやだ」という叫びが染みましたね。
生徒講評委員の公開討論会でも、
「クラスの女子の“キモッ”って台詞が自分に言われているわけじゃないのに嫌な気持ちになった。
“いつもやっていることでも傍から見れば不愉快”って先生の言葉が本当にそうだなって思った」
「キャラがみんな良くて自分も一緒に演じたいと思った。
笑って泣けて、高校生でしか味わえない感情があった。
高校演劇でしかできないものをまとめてやってもらったようだった」
「舞台セットのつくりがしっかりしていてすごいと思った。
夕日の照明もお姉さんが振り返った時に顔に影ができてカッコ良かった」
とイキイキとした感想で溢れ返っていました。
大分豊府高校演劇部のみなさん、お疲れ様でした!
松戸高校『CRANES』
一昨年の広島市立沼田高校『うしろのしょうめんだあれ』、
そして昨年の松川高校『ちいさいたね』に続き、
三年連続で登場となった黒瀬貴之先生の作品。今回もやはり題材は原爆と広島です。
『CRANES』は和訳すると鶴。その名の通り、平和を祈って千羽鶴を折る高校生たちが主人公です。
しかし、そこにこめられた想いは様々。
真剣に平和を願う者は少数で、鶴なんて折っても意味がないと投げやりな者、
千葉から転校してきたため、地元・広島県民との思い入れに温度差がある者、
そもそも何の関心も寄せていない者。
原爆投下から70年。たとえ地元・広島に住む者であっても、確実に戦争の凄惨さは風化はする。
そのリアルさが、今の高校生の感覚にジャストフィットしていましたし、
私たちが経験した1.17や3.11もいずれこうなるのかなという、ひとつの提起につながっていましたね。
また、その中でも「教室に居場所がない」と苦しむ一人の女子の叫びが、
戦争のない平和で恵まれた時代に生きる人々の生き苦しさを象徴しているようで印象的でした。
生徒講評委員の公開討論会でも、
「この作品を千葉県の高校生が演じる意味を考えていた。
最後に全員がつながれたのを机の並びからも見ることができて、
観客が考えさせられる劇をつくってくれた」
「同じ被曝をした長崎県民だけど、そのまんまだと思った。
今年、20羽折ったけど、何も考えずに折った。そういうところを改善しなきゃいけないなと思った」
「ラストの歌が全身に来るような感覚があった」
と風化しつつある戦争について今一度高校生たちが深く考えている様子がうかがえました。
松戸高校演劇部のみなさん、お疲れ様でした!
米子高校『学習図鑑 見たことのない小さな海の巨人の僕の必需品』
初日のラストを締め括るのは、先日、『ゲキ部!』にもご登場いただいた米子高校さん。
この『学習図鑑 見たことのない小さな海の巨人の僕の必需品』は、
白井晃さん、高泉淳子さんらが所属した往年の人気劇団・遊◎機械/全自動シアターさんの作品です。
高校演劇離れした不可思議なワールドに観客も戸惑いを隠せない様子。
確かに決してわかりやすいストーリーではありません。
けれど、その分、いかようにでも解釈できる余白を残しているのが、本作の面白さ。
個人的にはガレージ、海の音、へその緒などのキーワードから浮かび上がってきたのは、子宮でした。
両親の離婚問題に直面しガレージに閉じこもった少年が扉を開け、外の世界に出る姿は、
「生まれ直す」「誕生」というイメージを思い起こさせてくれました。
生徒講評委員の公開討論会でも、「わからなかった」という声が連発。
「ブルーシートで海を表現するのも上手かった。海にさらわれるという表現のやり方がすごい」
「人物が出入りするとき、奥の装置から出てくるアイデアが良かった。
ただのパネルじゃなくて人が出入りできるようにしていたのが素敵だなと思った」など
スタッフワークに関して称賛の声が広まる中、
徐々に「命の扱いがすごい軽いなと思った。小学生ゆえなのかもしれないけど違和感があった」
「白衣の人は何なのかずっと考えていた」
「最後のお父さんの言葉は、早く生まれてこいよという意味なのかと思った。
こっちの世界もなかなかいいものなのだぞという台詞が誕生を意味するものなんじゃないか」
など賛否を含め様々な意見が飛び交い、今日もっとも充実した討論会となっていました。
米子高校演劇部のみなさん、お疲れ様でした!
高校生は、タダモノじゃない。
あっという間に終わった全国大会一日目。
まさに高校演劇のひな形というべきオーソドックスな秀作から異色の意欲作まで
初日から充実のラインナップとなりました。
その中で強く感じたのは、やっぱり高校生はタダモノじゃないな、ということ。
この瞬間にしかない輝きをみんな舞台上で燦然と放ってくれていました。
明日はどんな作品に出会えるのか。
2日目の上演校のみなさんは、今日はゆっくり休んで、明日に備えてくださいね。
『ゲキ部!』は最後の瞬間まで全国大会を完全レポートします!