大阪府立淀川工科高校

僕たちだけの協奏曲。【後編】

3年間、演劇部の中心に立ち続けた大城戸。そして、学校での居場所を失いつつあった名越。大切な1期生ふたりを主軸に据え、淀演は3回目の大会挑戦へ臨んだ。しかし、夢の舞台へ続く道には、これまで経験したことのない困難と、予想もしないアクシデントが待ち受けていた。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)※公演写真は除く

悔いが残った地区大会。リベンジに向け練習に打ち込む。

淀川工科高校7「不安と自信。どちらが大きかったかはわかりません。大丈夫かなと弱気になることはあったけど、この台本には自分たちに重なるところがいっぱいある。だから純粋に面白いって思う気持ちも強くありました」

2年の葛原は、地区大会直前の心境をそう述べる。淀演がエントリーするA地区には、府大会27年連続出場の記録を持つ強豪・金蘭会高校も出場する。府大会への切符は2枚。ゴールデンチケットを手にするには、絶対にミスは許されなかった。

しかし、本番の空気を、3年の大城戸は「客席と遮断されていると感じる時が多々あった」と回想する。満足感とは程遠かった。場内がひとつになるような一体感は生み出せなかった。だからこそ、最優秀賞を獲得しても、大城戸は決して舞い上がることはなかった。部員を集め、その演技をイチから厳しくダメ出しした。

「去年、初めて地区から府に行けた時、そこで1年の気持ちが浮かれてしまっていたところがあって、それがすごく悔しかった。だから今年はそうならないように、とにかく天狗になるなと気を引き締めさせました」

淀川工科高校20府大会はゴールじゃない。自分たちの夢は、まだずっと先にある。大城戸の叱咤を受け、後輩たちも自分たちなりに府大会に向けて課題を探しはじめた。ラストシーン、再びまわりはじめた演劇部を表現するために、エフェクトマシーンを使ってホリゾントに水車を投射した。自分たちの想いを、もっとたくさんのお客様に届けるために。最後までブラッシュアップを重ねながら、淀演は府大会の日を迎えた。

3年目の正直。掴んだ憧れの大舞台への挑戦権。

淀川工科高校21「ゴールではない」と言い切る反面、大城戸にとって、府大会は憧れの舞台であることは違いなかった。まだ演劇のことを何も知らなかった1年生の頃に見た府大会の舞台でキラキラと輝く他校の生徒たちの姿は、今も褪せることなく大城戸の胸の中で光を放っている。「だから、そんな学校さんたちと同じ舞台を踏めることが嬉しかった」と大城戸は胸の高鳴りを言葉にする。1年、1年、着実に駆け上がってきた階段。では、3年目はどこへ続いているのか。

すべてのプログラムを終え、審査員が近畿出場校を読み上げる。出場全14校のうち、大阪府代表に選ばれるのは、3校のみ。14分の3の希望。淀演は呼吸を止めて、その瞬間を待った。

「大阪府立淀川工科高校」

そうコールされた瞬間、安堵と興奮が入り混じり、全身から力が抜けたような錯覚を覚えた。自ら「よく泣く」と認める奥谷は、歓喜が渦巻く場内で滂沱の涙を流した。創部3年目の近畿出場。その短い歴史を思えば、快挙と呼べる結果だった。一段ずつ踏みしめながら上ってきた階段は、最後の最後で近畿大会という夢のステージへとつながっていた。

疲労困憊の中で。苦しかった残り1ヶ月のラストスパート。

淀川工科高校8だが、1ヶ月のインターバルをはさんで行われる近畿大会への道のりは、淀演にとっては未踏のルート。今まで経験したことのない困惑と負担がそこにはあった。

「これまで夏からひたすら練習を続けてきました。本番2週間前になると、夜の9時頃まで練習がある。地区大会、府大会と過密スケジュールをこなす中で、自分たちでは気づかないうちに少しずつ疲労がたまっていたんだと思います。熱を出したり体調を崩す人が増えて、近畿に向けてコンディションを調整するのが、とにかく大変でした」

1年の片山は、ラストスパートの1ヶ月が「一番しんどかった」と吐露する。中には、練習中に椅子を連ねて横になる者も出た。この短い季節を全力で駆けぬけた肉体と精神は、ゴールを前に疲弊しきっていた。これではいけない。自らの集中力とモチベーションをキープするべく、練習方法も工夫を重ねた。休憩中に鬼ごっこのようなミニゲームを挟むなど、リフレッシュできる時間をつくった。初めて歩む近畿へのワインディングロードを、淀演は右も左もわからないまま満身創痍で踏破した。

孤独にならないで。作品にこめた仲間への感謝の想い。

「孤独にならないでほしい。僕はそのことをこの劇を通して伝えたいです」

ひとり追いこまれる主人公に唯一寄り添いぬく役どころを演じた2年の葛原は、本作にかける想いをそう言い表す。名越だけではない。みんな大なり小なり孤独や息苦しさを抱えて生きている。淋しさに打ち震える夜だってあるだろう。だけど、それでも新しい朝を迎えることができるのは、仲間がいるからだ。自分はひとりじゃないということに気づいて、人はまた次の一歩を踏み出すことができる。

淀川工科高校113年の大城戸は「この劇を見て、演劇がしたいと思ってくれたら」と意気込む。演劇を楽しむ自分たちの姿を通して、演劇の楽しさを再発見してもらうこと。それが、大城戸のテーマだった。若き才能は、卒業後も仕事と並行して演劇活動を続けるつもりだ。「定年後でもいいから、いつかは自分の劇団をつくれたら」と夢を語る。

「最初はそこまで本気じゃなかった。一生やれたらなんて考えてもなかった。でも、先生と出会って、みんなと出会って、大袈裟かもしれないけど、僕の人生は変わったんです」

現役最後の大会へ。想いのすべてをぶつける時がやってきた。

緊張とプレッシャー。そして近畿の幕が上がる。

淀川工科高校17演劇は、ライブだ。本番では何が起こるかわからない。今まで一度もないようなアクシデントが起こり得るのが、演劇の世界だ。たとえ、それが人生でたった一度きりの大舞台であっても。

2013年12月27日、しが県民芸術創造館。情熱あふれる若き指揮者と、無限の可能性を持った楽手たちから始まった協奏曲は、月が満ち欠けするように、時に仲間を失っては、また新たな仲間を得ながら、ついに最終楽章に辿り着いた。ここまでやってきた充実感。逃げ出したいほどのプレッシャー。仲間への感謝。いろんなものを乗せて、集大成の舞台が幕を開ける。

「最後にみんなに言ったのは、とにかく“演劇をやろう”ということでした」

たとえ結果はどうあれ、3年の大城戸にとってはこれが最後の大会の舞台。3年間のすべてをここで出し切りたかった。

緞帳がゆっくりと上がる。約700名を収容する大ホールの客席が、目の前に広がっていく。それは今までに感じたことのない緊張だった。大城戸は始まってすぐにいつもよりみんなの芝居のテンポが速いことを感じた。完全に空気に呑まれていた。このままでは芝居が崩れてしまう。大城戸は自ら敢えて間をためることで、ペースメーカー役を買って出た。

動かなかったストップウォッチ。直面した制限時間60分の壁。

淀川工科高校16一方、冒頭の出番を終え、袖に引っ込んだ部長役の門田は信じられない光景を目にする。ランタイムを計るために用意していたストップウォッチが動いていなかったのだ。大会では、上演時間は60分までと定められている。既定の時間を1分以上オーバーすれば、審査対象外。事実上の失格となる。稽古では、大抵55分程度でおさまっていた。普段通りに演じれば問題ないはず。しかし、芝居のリズムが速いことを懸念した大城戸が意図的にテンポを落としたことで、タイムの予測が立てにくくなった。何度も場内の時計を確認する。役者の中で唯一ラストシーンに登場しない門田は、劇場のスタッフに緞帳を下ろすタイミングを指示する役割だった。明らかにいつもよりペースが遅い。時間内に間に合うか。祈る気持ちで袖から役者の演技を見守った。

淀川工科高校19しかし、クライマックスの台詞を終えた時、すでに60分を超えていた。まだ最後にみんなで歌を唄う場面がある。だが、このままでは規定違反で失格になるかもしれない。正確なタイムがわからない以上、慎重になるのは仕方なかった。門田は、断腸の想いで「緞帳下ろしてください」とキューを出した。役者たちの演技を遮断するかのように、淡々と緞帳が下りていく。それはあまりにも呆気なく、冷酷な光景だった。最後の最後の見せ場を残して、淀演の近畿大会は終わった。

無念と後悔の最終楽章。それでも残った絆。

淀川工科高校18本番翌日、すべての出場校の上演を終え、結果が発表された。淀演の全国への夢は叶うことはなかった。追いかけてきた夢を逃した悔しさよりも、自分たちの集大成を最後まで演じられなかった。そのことがただ悔しかった。それは、オーケストラのフィナーレでセロの弦が切れるようなものだ。これまで以上に思い入れの強い作品だったからこそ、納得のいくかたちでピリオドを打ちたかった。渾身の協奏曲が紡ぎ出す最終楽章は、少しほろ苦い調べとなった。

一方、1期生の名越は近畿大会を最後に退学し、年明けから別の学校へと移った。少し照れ臭そうな、控えめな笑みを浮かべていた彼女の姿は、もう部室にはない。精神的支柱であった大城戸も間もなく卒業を迎える。3年間、ひた走ってきた淀演は、今、大きな転換期を迎えようとしている。

けれど、その別れは決して淋しいものではないような気がした。むしろどこか旅立ちの朝に似た清々しささえ感じさせた。なぜなら、彼らはひとりぼっちではないからだ。どんなに遠く離れても、ちゃんと「演劇」でつながっている。名越は演劇部を「学校に来る理由」だと言った。きっとそれは名越だけじゃない。家族よりもずっと長い時間そばにいた。家にはほとんど寝に帰るだけだった。みんなにとって、演劇部は学校生活そのものだった。

みんなでつくるから演劇は楽しい。淀演の4年目が、始まる。

「芝居って、みんなでつくるものだろ」

劇中、ひとりで抱えこむ大城戸に、奥谷が放つ台詞だ。それは、奥谷が自ら観客に伝えたいテーマとして、萩原教諭に希望した台詞でもあった。誰もひとりぼっちなんかじゃない。みんなでつくるから演劇は楽しい。だから彼らは演劇をする。たとえどんなにしんどくても、最後は笑顔で舞台に立てる。

「僕は演劇に向かってひた走るようなタイプじゃない。このメンツで一緒にいて楽しいし、やっていけると思うから続けられている。もちろん教室には教室の楽しみがあるけど、部活には部活にしかない楽しみがある。だから、毎日ここに来てるんです」

淀川工科高校152年の黒田は迷いのない表情でそう言い切った。部員自ら「理性のある動物園」と評するほど、個性豊かなメンバーたち。誰もが別々の楽器を持ち、自分にしか出せない音を出す。それは、時にいびつかもしれない。不協和音を奏でる時もあるかもしれない。だけど、その一音一音があるからこそ演じられる自分たちだけの協奏曲が、きっとある。

創部から3年。ひとつの物語にエンドマークは打たれた。けれど、受け継ぐ部員がいる限り淀演のストーリーは続いていく。ひとりぼっちの夜をこえて、また新しい朝がこの場所にやってくることだろう。

 
 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

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