【特別企画】キャラメルボックス『ティアーズライン』初通し稽古レポート
いよいよ12月15日から開幕のキャラメルボックスの最新作『ティアーズライン』。みなさん、もう予約はおすみですか? 新作ってどんなのかわからないし、ちょっと不安…。その気持ち、劇場に通う者として、よーくわかります。
でも、まだ誰も知らない作品の全貌をいち早くその目で確かめるのも、新作ならではのオツな喜び。ということで、「どうしようかな…」と迷い中の方たちのために、今回は特別にキャラメルボックスの創作現場に潜入。私、『ゲキ部!』編集長・横川良明から見た『ティアーズライン』の全容をお届けします。ぜひ観劇の参考にしてください。
(Text by Yoshiaki Yokogawa)
探偵VS殺し屋VS黒い権力。謎と陰謀が渦巻く中、男は大切な人のために駆け抜ける。
12月7日夕方。その日は、新作『ティアーズライン』の初通し稽古だった。新作、というのは厄介なものだ。自分たちの目指している方向性は間違えていないか。これは本当に面白いのか。その最終的な答えは、幕が上がるまでわからない。暗中模索の中、一人ひとりがピースを埋めるようにして、一枚の絵を完成させていく。その途中経過が、あるいは完成形の片鱗と呼ぶべきものが見えるのが、通し稽古だ。
通し稽古開始の10分前に稽古場に着くと、劇団員たちがそれぞれ準備を行っていた。その姿が十人十色で、面白い。口の中でぶつぶつと台詞を諳んじる者。稽古場を行ったり来たりしながら動きを確認する者。リラックスした表情で談笑を交わす者。腰を下ろし、ただ一点をじっと見据えながら、そのときを待つ者。準備の仕方はそれぞれなのに、不思議と静かな緊張感が部屋の四隅にまで張りついているのがわかる。ああ、生まれるのだ、ここから新しい物語が。そんな胎動が、確かにそこに疼いている。
脚本・演出の成井豊の合図で、通し稽古は始まった。最初の音楽が突然カットアウトすると、登場したのは主人公・横手道郎役の畑中智行。そして謎の殺し屋役の阿部丈二。道郎は、一時は将来のオリンピック候補と期待された元ボクサー。腕には多少の自信がある。しかし、そんな道郎を殺し屋はいとも簡単にねじ伏せる。絶体絶命のピンチ。だが、道郎はまだ死ぬわけにはいかなかった。その理由を、殺し屋は問う。かくして道郎の長い長いクリスマスが幕を開ける。
新作『ティアーズライン』は、そんなハードボイルドな展開から始まる。手ざわりで言えば非常に硬質な、緊迫感あるイントロダクションだ。そして、そこから怒濤のスピードで事態は急転していく。道郎が殺し屋の標的になった理由は、なぜか。その大きな謎を吸引口に、まるで引き寄せられるようにして次々と事件が発生する。監禁された同僚。雑居ビルの救出劇。脅迫メール。駅ホームでの大立ち回り。これだけ多彩なキャラクターと大量のシーンをシームレスにつないでいく手さばきは、まさにキャラメルボックスのお家芸。
しかも爽快なのは、決してスピードが一切落ちないことだ。たとえるなら、冒頭からアップチューンで攻めまくるロックバンドのライブのよう。曲調に緩急はあれど、全体の印象としてはずっと拳を突き上げていられるようなグルーヴ感がある。そんなアグレッシブな構成の中で、ハードなアクションものからミステリー、ファンタジー、ラブストーリーと変幻自在にテイストが変化する。ピースが埋まるごとに、どんどん全体の絵の印象が変わっていくような感覚だ。あらゆるエッセンスを凝縮しつつ、『ティアーズライン』とはどういった作品なのか、その全体像を徐々に提示していく。
そのひとつの転機が、中盤、道郎が抱えていた“とある秘密”が明かされるシーンだ。この場面を契機に、道郎や他のキャラクターたちが内包していた事情も一気に浮き彫りになる。そこからさらにギアは一段上がり、一切ブレーキを踏むことなく、クライマックスまで加速していく。まるで草原を駆けるチーターのように。
そして最後に残ったのは、温かな愛だ。キャラメルボックス史上屈指のアクションが見どころの本作だが、その根底にあるのは、大きな、大きな、愛の物語だったのだということを、観客は噛みしめることになるだろう。
約2時間の長編ではあるが、感覚としては長距離走と言うよりも、むしろ100mランを全力で100本繰り返したような疾走感が印象に残る。それも、ただの短距離走ではなく、いくつものハードルを突破してゴールを目指す障害物競走だ。それだけに、中心に立って物語をリードし続ける道郎役の畑中智行の負荷は絶大。膨大な台詞と段取りをこなさなければならないため、通し稽古中も時間軸が交錯し、一瞬状況を見失う場面があった。“思いがけない事態に振り回されながらも成長する主人公”はキャラメルボックスの王道ではあるが、それをものにするには相当の努力を要するのだということを、畑中の汗が証明していた。
エースもルーキーもベテランも。充実のキャスト陣が証明するキャラメルボックスの劇団力。
また、この『ティアーズライン』は畑中、阿部丈二、多田直人の3人が同時に出演する貴重な作品でもある。岡田達也・大内厚雄時代を経て、2010年以降のキャラメルボックスの主軸を担ってきたのが、畑中、阿部、多田の3人だ。それぞれ外部の舞台にも積極的に出演し、経験値を上げた3エースが、存分に本領を発揮し、物語に熱い渦を巻き起こしていく。
一方、そんな畑中、阿部、多田ラインを継ぐ次世代エース候補の筆頭に名乗りを上げそうな存在感を示したのが、入団3年目の山﨑雄也だ。身長188cmという文字通りの“大型新人”として初舞台の『BREATH』以来、地道に経験を重ねてきたが、『鍵泥棒のメソッド』内の新人抜擢ステージを除けば、これだけドラマを担う役どころは初めてのはず。主に畑中、多田のふたりと真っ向からぶつかり合う役で、次世代エースの兆しを見せた。まだまだ練度といった面では先輩たちに及ばないが、8頭身のスタイルと華は舞台俳優にとって大きな武器。今後が楽しみな注目株だ。
若手からベテランまで活躍が光る本作だが、その中でも圧倒的な眩しさを放っていたのは、やっぱり大森美紀子だとここに記しておきたい。大森が演じるのは、道郎の母・克子。年齢や役柄を考えれば、ヒロインと呼ぶのは違和感があるかもしれない。だけど、本作のヒロインは、個人的にはこの母・克子だと思う。
劇団初期から数々のヒロイン役を演じてきた大森。そのヒロインのバトンは、時代と共に坂口理恵や岡田さつきに手渡され、岡内美喜子、実川貴美子、渡邊安理、そして原田樹里らにパスされてきた。このバトンリレーこそ、キャラメルボックスが32年という長い歴史を積み上げることができた理由のひとつでもあるだろう。
だが一方で、年齢を重ねたからこそ見せられるものが、俳優には必ずある。息子の身を案じ、奮闘する克子には、母親らしいたくましさと、少女のような愛らしさが同居していて、観る人があっという間に彼女のことを好きになってしまう魅力がつまっている。それは、ひとえに大森美紀子という、とびきり朗らかで柔らかな女優の持つ魅力によるところだと思う。
当然、成井豊自身も、大森美紀子を想定して描いたキャラクターだろう。戯曲は、作家から俳優へのラブレターだという言葉はよく知られているが、この克子という役には、成井から32年間共に走り続けた大森への愛情をたっぷり感じたし、大森もその期待に応える爛漫さで、全体的にクールな印象の強いサスペンスアクションに、きらめくような光の粒子を振りまいていた。彼女の放つ光の粒が、サンタクロースのように、観る人の心に幸せを届けてくれるはずだ。
高校演劇の場合、特に大会においては1000人近いキャパの大劇場で上演を求められることが多い。普段の教室稽古とは比べものにならない広い空間で作品を成立させるためには、演出は何を注視すべきなのか。悩む高校生も少なくないはず。
通し稽古終了後、成井に演出の秘訣を聞くと、大きな劇場で最も重要なのは「ステージング」という答えをもらった。「ステージング」とは、舞台上における俳優の立ち位置や動線を決めること。広い舞台において、いかに空間の上下、左右、奥行きを意識した「ステージング」を組めるか。簡単に言うと、観客の視線が一点に固定されたまま進行すると、どうしても途中で単調に感じてしまう。いかに観客の視線を舞台の至るところに誘導することで、飽きさせずに、波をつくれるか。そこに大劇場での演出の肝が隠されている、というのが成井豊流の演出論だ。
そんなことを頭に入れながら本作を観てみると、またいろんな収穫が得られそうだ。ぜひ今後の演出のヒントを探る上でも、直接劇場に足を運んで、多くのことを学び取ってほしい。
INFORMATION
■キャラメルボックス2017ウィンターツアー『ティアーズライン』
<脚本・演出>
成井豊
<出演>
畑中智行、阿部丈二、多田直人、大森美紀子、西川浩幸、坂口理恵、三浦剛、森めぐみ、石森美咲、大滝真実、山崎雄也、元木諒、山根翼
<スケジュール>
○東京公演
日程:2017年12月15日(金)~25日(月)
会場:サンシャイン劇場 ※東京メトロ有楽町線「東池袋」駅 6・7番出口より地下通路で徒歩5分
○兵庫公演
日程:2017年12月28日(木)・29日(金)
会場:明石市立市民会館(アワーズホール) 大ホール ※JR・山陽電鉄「明石駅」より徒歩15分
※詳細は公式ホームページをご覧ください