学校法人清風南海学園 清風南海高校

小さな「女優」たち。【後編】

「まるで自分自身」という当たり役を得て始動した『ミチコは窓の外』。繊細な女の機微を演じる吉武と和田は、次第に役に入りこんでいく。独自の間合いで仕掛ける演技の応酬は、大袈裟ではなく、確かに「女優」そのものだった。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)

立ちこめる暗雲。焦りと苛立ちが部の空気を変えた。

清風南海高校23一方、演技に打ちこめば打ちこむほど、徐々に歪みも生まれはじめた。地区本番を直前に控え、部内は張りつめた空気に包まるようになった。その空気の原因は、吉武。地区突破のプレッシャーと、演技に没するあまり生まれた和田に向かう苛立ちが不和を招いた。顔を合わせれば「喧嘩しそうになった」という一触即発の状態。部活後にSkypeで読み合わせをしても、吉武のダメ出しに和田はうまく応えられず、重い空気に支配された。照明を務めた1年・中村は、「ブースのある2階から見てても、冷淡な雰囲気がわかった」と当時の練習風景を振り返る。和田も「あの頃はよく先輩が怖いって言ってました」と打ち明ける。それは決して健全と呼べる状況ではなかった。大事な本番を前に、上手く意思疎通がとれないまま、清風南海高校はリベンジの時を迎えようとしていた。

最悪だった地区大会。自分を見失ったまま過ぎた60分。

「地区大会の本番は、それまでの練習の中でも最悪でした」

清風南海高校14和田は、初めての大会をそう回想する。もともと幕が上がると足の震えが止まらないほどプレッシャーに弱い性格。「直前まではまったく緊張していないつもりだったのに、本番が始まった途端、取り乱してしまった」と告白する。日頃から「よく走る」とダメ出しを受けてきた台詞回しが、いつも以上に早口になった。吉武も「私が間をためようとしているのに、どんどん台詞を入れてくるんです」と上滑りする和田の演技に戸惑った。台詞も10行以上飛んだ。ラストはほとんどアドリブだった。

「本番中のことは何も記憶になくて、音響が入ったことにも気づかなかったくらいです。ただ袖から顧問の福岡先生のため息が聞こえたように思えて。もう周りはまったく見えていませんでした」

動揺と混乱を鎮めきれないまま、ラストシーンを迎えた。吉武は「お客さんの視線が怖かった」と言う。清風南海高校の持ち味である間の美しさは見る影もないまま、地区大会は幕を閉じた。

手に入れた府大会の出場権。今度こそ自分たちらしいお芝居を。

しかし、不本意な出来とは裏腹に、講評は本人たちも困惑するほどの大絶賛だった。最優秀賞はもちろん、吉武、和田ともに個人演技賞も獲得。清風南海高校は2010年以来、実に3年ぶりに府大会進出を果たした。吉武は言う。

清風南海高校11「府大会に出られるのは嬉しかった。でも、絶対的に良くてもらえた賞じゃないって気持ちがあった。だから、せっかく府の舞台に立たせていただけるなら、今度こそ自分たちのお芝居をしようって、そう思いました」

「すれ違ってばかりだった」と語る地区本番直前。あくまで最終目標はいい舞台をつくることのはずだった。しかし、どこかで府大会に行きたいという気持ちが先走り、とらわれすぎていたのかもしれない。それが結果的にプレッシャーとパニックを呼んだ。重圧から解放された清風南海の稽古場には、再びいつものような和やかな空気が戻ってきた。

楽しむことに全力だった府大会。500人の観客に見せた最高の演技。

清風南海高校13「挑む、という感じではなかったですね。府大会にはもう錚々たる学校さんが揃っていて。私たちからすると、テレビの中の人みたいな感じ(笑)。打ち合わせに行っても、どう考えても自分たちの学校がいちばんこじんまりしてるんですよ。だから、もうやるしかないって。やるんやったら楽しもうって気持ちで本番を迎えました」

直前の通し稽古では10ページ近く台詞が飛んだと言う。音響の中川も照明の中村も役者の大ミスに思わず苦笑しきりだった。だけど、罵声を飛ばす者はいない。地区直前の胃が痛むような重苦しい雰囲気とは一転、彼女たちは驚くほど自然体で夢の舞台へ駆け上がった。

「府大会の感想は、楽しいの一言。背負うものがもう何もなかったから、とにかく楽しんで演技ができました」

地区大会では緊張のあまり本来の演技を見失った和田も、府大会では伸び伸びと本領を発揮した。自慢の間も気持ちがいいくらいに決まる。「ここで来てほしいというところで相手の台詞が返ってきた」と納得の手応えだ。ラストシーンで、スズとナルは手をつないで帰ってきたミチコに声をかける。和田はその場面で思わず涙がこみ上げてきたと言う。

「先輩の手を握る力が強くて。思わずひっくり返りそうになったんですよ」

そういたずらっぽく笑う和田の横で、吉武は「むしろ弱いかなと思った」と慌てふためく。夢中になって演じ切った60分間の余韻が、きっとその手にこめられていたのだろう。吉武も和田も「最高の出来だった」と胸を張る府大会は、あっという間に過ぎ去っていった。

認められたのは、演技ではなく、自分たちが受け継いできたもの。

清風南海高校9会心の演技を披露した2人には、最高の評価が与えられた。個人演技賞の発表の瞬間、最初に吉武が名前を呼ばれた。わっと湧き上がる会場。和田も拍手で先輩の栄光を称えた。次の瞬間、呼ばれたのは和田の名前だった。たった2人の演者が個人演技賞をW受賞。それは、彼女たちの芝居に対する最高の評価と言えた。

「表彰式は見ているだけのつもりだったから。自分の名前が呼ばれてびっくりした」と興奮を隠しきれない和田に対し、吉武も「泣くより驚きの方が大きかった」と目を丸くする。無欲で臨んだステージだったからこそ、胸を打つ芝居ができた。そして、このW受賞は吉武にとって自分のこと以上に大きな意味を持っていた。

「私は自分が上手いなんて思ったことは一度もなくて。今でも中1の時に出会った高2の先輩には絶対かなわないと思ってる。でも、今回、初めて自分の演技を認めてもらえた。それは私がすごいんじゃなくて、今まで受け継いできたものが正しかったというか、教えてもらってきたことをちゃんとできた結果なんじゃないかなって思うんです」

ずっと演劇部に関わっていたい。新たなる決意と出発。

清風南海高校16吉武にとっては、これが最後の大会。3年の進級と同時に、彼女は部を引退する。進学校に籍を置く彼女にとって、それはそのまま演劇との関わりを絶つ可能性も十分にあるはずだ。しかし、演劇漬けの5年間を送った小さな「女優」は、はっきりとこう宣言する。

「役者という将来の選択肢が自分の中にあるわけではありません。だけど、演劇とは、この演劇部とはずっと関わりを持っていたい。だって、もうどっぷり浸かっちゃってますからね」

友人からも「演劇部じゃない自分は想像できない」と言われるほど部活一色だった5年間。吉武にとって、ここで経験したあらゆる出来事が、自らをなす核となっている。和田もまた「部活は学校生活のほとんどすべて」だと言う。

「演劇部を辞めようなんて思ったことは一度もない。私にとって、ここにいるのが当たり前なんですよ」

目鼻立ちのくっきりとした和田の顔に、今日一番の笑顔が咲いた。ここからは彼女が中心となって清風南海高校の伝統を受け継いでいく。「たまには助け船を出してください」と同い年の中川に甘える仕草は、舞台上で堂々たる演技を見せた「女優」とは別人のような、どこにでもいる元気な女子高生そのものだ。次に彼女たちがどんな演技を見せてくれるのか。新生・清風南海高校の船出は期待の風に帆をはためかせている。

 
 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

※ご意見・ご感想は【contact】までお気軽に!

または、「#ゲキ部!」のハッシュタグをつけてツイートしてください。

ToTop