大阪府立鳳高校

お客様が楽しめるエンターテイメントを。【前編】

2010年6月13日、7年の旅を終え、地球へと帰還した小惑星探査機「はやぶさ」。数々のアクシデントを乗り越え、世界で初めて小惑星の微粒子を地球に持ち帰るという快挙を成し遂げた「はやぶさ」のドラマに、日本中が涙した。この歴史的偉業を擬人化して舞台で表現する。そんな前代未聞のチャレンジに挑んだのが、鳳高校演劇部だった。創部から4年、高校演劇離れした破天荒な芝居をつくり続ける彼らは、大気圏の中で火の玉となって砕け散った「はやぶさ」にどんな想いを託したのだろうか。その舞台裏に迫った。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa  Assistant by Kanata Nakamura)

顧問の言いなりになっている。突きつけられた不本意な評価。

会場内がシンと静まり返った。壇上で講評委員が厳しい顔で何やら激しく言い募っている。他校の生徒から好奇と同情の視線が集中する。3年の宝代は、講評委員に命じられ、衆目を集める中、ひとり立たされた。しかし、その内容はまるで理解できないものだった。

「君たちは顧問の言いなりになっている。君たちはどうしたいんだ。そんなことを一方的にまくし立てられました」

otori-gakkouそれは、2012年8月、HPF(大阪高校演劇祭)での出来事だった。大阪府では、例年、有志の演劇部が集まった、HPFという名の演劇フェスティバルが開かれる。鳳高校も出場校のひとつとして名を連ねた。上演したのは『はやぶさものがたり ~宙(そら)翔けた軌跡~』。日本中が歓喜に沸いた小惑星探査機「はやぶさ」の不屈の挑戦を、日ノ本の国、蛇草藩というパラレルワードを舞台に描いた意欲作だ。主人公の名は、夢図しい。はやぶさの別名、MUSES-Cの語呂合わせだ。彼女は元服し、はやぶさの名と、小惑星「イトカワ」からサンプルを採取し持ち帰るという重大な使命を与えられる。壮大なSFドキュメンタリーを、時代劇をベースに描くというチャレンジングな演出は、観る者に未知なる衝撃を与えた。しかし、待っていたのは講評委員からの酷評の嵐だった。顧問の言いなりになっている。その言葉は、部員たちの心に深い傷を与えた。

嫌われ続けた自分たちのカラー。それでも迎合することは選ばなかった。

本作は、顧問である梅本教諭による創作劇だ。着想のきっかけは、偶然訪れた市立科学館のプラネタリウムで、はやぶさのドキュメンタリー映像を見たことから。孤独な宇宙空間の中で、満身創痍になりながら使命を果たし、大気圏で燃え尽きるはやぶさの姿に涙を流さずにはいられなかった。これを舞台で表現したらどうなるか。梅本教諭の奇想天外なアイデアに、部員たちは驚くよりも「またか」と呆れたと言う。
「言いなりになってくれたらどれだけ楽かと思いますよ」と梅本教諭は笑い飛ばす。創部4年、まだ歴史の浅い鳳高校演劇部の部員たちはとにかく天衣無縫で、感覚的に演劇を楽しむ術を身につけている。出来上がったストーリーをもとに、演出の宝代をはじめ、ひとりひとりが自由にやりたいように暴れ回った。「言いなり」という言葉とは対極にあるような環境だ。だからこそ、講評委員の見当違いな批判は、彼らの反骨心に火をつけた。

「もともと私たちの芝居は、審査員受けが悪い。それはわかってるんです」

otori-matsuoそう生徒たちはあっけらかんと言い放つ。毎年の大会も地区敗退が続いていた。観客は感動の拍手を送ってくれるが、審査員には一刀両断で切り捨てられる。その繰り返しだった。来年こそは絶対に勝ちたい。宝代たちは昨年の大会後、そう誓った。HPFで上演した『はやぶさものがたり ~宙(そら)翔けた軌跡~』は、コンクール出場のためにつくった作品だ。HPFでの酷評を終え、地区大会を勝ち進むために演目の変更を考えても無理はない。しかし、そんなことは微塵も考えなかった。自分たちのやりたい芝居を、彼らは本能的に理解しているのだ。

審査員ではなく、お客様のために芝居をする。それが鳳スタイル。

otori-yamamoto「いじめとか、原発とか、そういう高校演劇によくあるテーマは興味ないんです」

そう2年の山本は断言する。「ジメジメした内容のお芝居をやっていたら、自分まで暗くなる」と豪快に笑う表情は、底抜けの明るさに満ちている。そう、この明るさこそが鳳高校演劇部のパワーの源だ。

「ただお客様が楽しんでくれたらいい。それが一番なんです」

同じく2年の治村が付け足す。本作ではヒロインのはやぶさを演じ切った。彼女のひた向きな笑顔は、はやぶさという役から解放された今もまるで変わらない。ブレない強さと信念に満ちた表情だ。
実際にHPFで鳳高校の芝居を目の当たりにした観客は、惜しみない賛辞を彼らに送った。インターネット上でも、ツイッターやブログで興奮がそのまま伝わるような感想が次々と溢れ返った。
その中のあるブログのコメント欄に、治村はこう返している。

“こんにちは。
はやぶさです。

私どもの芝居を見に来てくださり、ありがとうございました。
しかも、こんなに素敵なご感想までいただけるなんて
感謝してもしきれません。
いろいろな方に叩かれてばかりだったので・・・
叩かれ慣れているのですが、褒められ慣れていなくて
不覚にも嬉し泣きしてしまいました。

あなたのように
楽しんでくださる方がいらっしゃるから
私は今日も舞台に立つことができます。

ありがとうございました。”(原文ママ)

otori-jimura笑って跳ね返してきた批判の声に、くじけそうになったこともあるのかもしれない。だが、たとえ大人たちに何を言われても、観てくれた人は自分たちの芝居に共感してくれている。その声を励みに、その確信を支えに、治村たちは前に進むことを決めた。

 

>> 後編へ続く

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