山梨県立甲府南高校

「いつも通り」の自分たちで。【前編】

7月。夏の全国高等学校演劇大会。全国約2500の演劇部の頂点を決める大会が、いよいよ今年もやってくる。おなじみの伝統校が名を連ねる一方で、初出場の期待を胸に、ひたちなか市文化会館のステージを踏む者もいる。山梨県立甲府南高等学校も、そのひとつだ。同校は県内で初めて文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクールに指定された進学校でありながら、文武両道を標榜し、多くの生徒が部活動にも真剣に取り組んでいる。その中で小さな演劇部が駆け抜けた全国への道のりには、どんな時も楽しむことを忘れない「いつも通り」の精神があった。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)

お客さんに楽しんでもらうために、まずは自分たちが楽しむこと。

甲府南高校1これまで多くの演劇部を訪ねてみて、演劇部には大別すると二種類あると感じていた。自分を限界まで追いこみ、心身を削るようにして表現すべき何かを追求する部と、まずは自分たちが楽しむことを第一とし、その姿を通して観客に自分たちのメッセージを感じ取ってもらいたいと考える部。どちらかが正しくて、どちらかが誤っている、ということは絶対にない。それぞれに魅力があり、舞台の上からにじみ出てくる想いがある。その上で、甲府南高校をどちらかに振り分けるなら、後者だろう。そんな気がした。

慣れない取材にも、笑顔が絶えない。これまでの歩みを振り返り、思わず照れ笑いを浮かべたり、誰かの発言にみんなで懐かしそうに手を叩いてはしゃいだり。もちろん練習の過程で苦しいことはきっとある。不安や焦りに押し潰されそうになることだってあるだろう。けれど、決して明るさは失わない。倒れそうになっても、すぐ隣に仲間がいる。その実感が、プレッシャーの中でも萎びることのない伸びやかさを部員たちに与えているように思えた。

辞めたいと思ったことはない。チームワークこそがいちばんの強み。

甲府南高校2「中学の時の学園祭で初めて舞台の上に立って。みんなで何かをつくるっていうのが面白くて、演劇に興味を持ったんです」

イッシン役を務める2年の部長・上野は入部当初のことをそう振り返る。部員のほとんどは演劇未経験。1本1本、コツコツと公演を重ねる中で力をつけてきた。同じく2年の廣瀬は、そんな部員たちの姿を見て、2年のはじめに途中入部を決めた。

「自分たちと同じ高校生が舞台の上で走ったり泣いたり笑ったり。その光景がすごく新鮮で、素敵だなと思ったんです。そしたら、“やってみない?”って誘われて。それで入部を決めました」

一生懸命、舞台の上で生きる部員たちの姿は、誰よりも強く同世代の心を打った。そうやって少しずつ仲間が増えていき、今の甲府南高校演劇部がある。同じく2年の9月に途中入部をした秋山は、入部当初の戸惑いをこう口にする。

甲府南高校3「私はもともと美術部で、そっちには趣味の合う友達もいっぱいいた。でも、演劇部のメンバーはみんな顔は知っているという程度。話したことなんてほとんどありませんでした。でも、大会を通じて、どんどんいろんな話をするようになって。今では、美術部の友達ともクラスの友達とも違う本音を語れる仲間になったと思います」

「辞めたいと思ったことはないか?」という意地悪な質問に、誰もがきっぱり「ない」と答える。そのチームワークが、甲府南の芝居の礎となっている。

目標は、関東出場。そして手渡された真新しい台本。

甲府南高校4だが、決してただの仲良しクラブでとどまっていることはない。いいものをつくり上げて、お客様に楽しんでもらおう。その意気込みは人一倍だ。事実、2010年より3大会連続で関東大会に出場。今年の目標も「関東出場」を早くから明言していた。「大きな舞台ではあるけれど、いつも通りに演じたい」と前置きした上で、上野は大会への想いをあらわにする。

「去年、関東の舞台に立って、すごく達成感があった。自分たちのやった作品も大好きだったから、また今年も関東に立てたらいいなという気持ちは大きかったですね」

そして書き上げられたのが、『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』だった。執筆した顧問の中村教諭は、山梨オープン小演劇祭を主催するなど、精力的な活動で知られる高校演劇界の名物顧問のひとりだ。前任の甲府昭和高校では、二度の全国出場も果たした。しかし、中村教諭の書き下ろしたファンタジックな世界観に、部員たちの第一声は「よくわからない」だった。

甲府南高校6「まだ演劇にも全然慣れていない。興味本位で入ったばかりの私にとって、正直、内容はあまりよくわかりませんでした」

9月に入部し、早々に大会へ臨むこととなった秋山は、初めて読む演劇の台本に困惑を隠せなかった。一方、2年の佐藤はよくわからない中に、引きこまれる面白さを感じた。読み手の想像力をかき立てる中村教諭の筆致に、部員たちは翻弄されながらも、真っ正面から対峙することを決意した。

謎でいっぱいの世界。だからこそ引き込まれずにいられなかった。

甲府南高校5『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』は、主人公のマナちゃんを中心とした、ある種の冒険劇だ。寝間着姿のマナちゃんは、夢の中で様々な出来事に遭遇する。指から突然弾が出たり、母親に請われてコンビニまでアイスを買いに行けば、それがなぜかエジプトからシリア、東ティモールなど危険区域をめぐる壮大なバスツアーに変貌したり。宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』でも繰り返し登場する「本当のさいわい探し」を主旋律にしながら、目まぐるしく変化する舞台設定の中で、物語は豊かな音色を賑やかに奏でていく。

登場人物も主人公のマナちゃんこそ実在の人物だが、残るキャラクターはそれぞれマナちゃんが夢の中で出会う存在。母親や友人といった周辺人物すらどこか浮遊感をもった不可思議さが言葉の端々からにじみ出ている。この寓話的な世界観をいかに表現し、観客に心地良い混乱と陶酔をもたらすかが、本作の肝だ。だからこそ、個々の深い解釈とそれを表現しうる技量が要求される芝居とも言える。部員たちは、それぞれ意見を交わしながら台本理解を進めていった。

中でも、試行錯誤を繰り返したのが、タイトルロールでもあるマナちゃんを演じた1年の那須だ。すべての登場人物が中村教諭による当て書きという中、自らの実名が冠せられたマナちゃんという役に、那須は一心に向き合った。

託された“マナちゃん”という役。その変化と成長をどう見せるか。

甲府南高校16「マナちゃんと私の共通点は、リアクションが大きいところ(笑)。私もよく驚いた時に“えーっ!”って言っちゃうんですけど、そんなところはそっくりだなと思いました」

実年齢よりもずっと幼く無邪気に見えるマナちゃんは、物語が進む中で、様々な場面に遭遇し、少しずつ変化を見せていく。その精神的な成長を、那須は表情で演じ分けるように心がけた。冒頭は、何も考えていない天真爛漫な少女として。後半は、やや深刻さを帯びた自分たちの年齢に近いリアルな像として。1年生ながら初めての大会で主役を務める那須に、演出を手がけた2年の上野は「もっとオーバーアクションで」と注文をつけた。

「マナちゃんの部屋から始まって、コンビニになったりエジプトになったり、舞台がくるくると変わっていく。一瞬でどんどん変化する世界をどうすればお客さんに伝えられるか。考えて決めたのが、マナちゃんのリアクションでした。マナちゃんは基本的に巻き込まれ型のキャラクター。マナちゃんの驚きっぷりをデフォルメすることで、周囲にどんどん置き去りにされている感じを上手く出せたらなと思いました」

この不思議な世界を表現するために。悩むほどに深まる物語の魅力。

甲府南高校14それはマナちゃんと相対するキャラクター一人ひとりの演技にも通じるものがあった。たとえば、2年の佐藤が演じるお母さんとマナちゃんの最初の掛け合いは、演出の上野がこだわった場面のひとつだ。突然指から弾が発射することに慌てるマナちゃんとお母さんのズレたやりとりで、観客から笑いを誘えればと苦心した。

「掛け合いはテンポ良く。ただ間を空けるところはしっかり空けることで、緩急をつくれればと考えていました。たとえば同じ驚くでも、すぐにビックリするのと唖然とするのがある。そういう違いを出すことが、演出的な狙いでもありました」

演じる佐藤もリアクションには悩み抜いた。

「弾が出た時の驚きがなかなか上手くできなくて。もっと焦っている雰囲気を出そうと、息を荒くしてみたり。何度も先生や演出のイッシンに教えてもらいながら練習しました」

同じく夢の中の登場人物のひとりであるヒロハルを演じた廣瀬も、日常から乖離したキャラクターづくりには悪戦苦闘した。

甲府南高校17「先生が私たちの性格を見ながら書いてくれたので、やりやすい部分もありました。でも夢の中の人物だから不気味さもほしいって言われて。普通に喋っている中に不気味さを出していくというのが、すごく難しかったです。戸惑っているマナちゃんに対して、さらに拍車をかけるようにテンションの上がっていくヒロハル。そのギャップをお客さんに見せられたらと思っていました」

世界を知ることで見つめる現実。さいわい探しの果てにあるもの。

甲府南高校15マナちゃんのベッドから始まる物語は、まるで童話に出てくる魔法の絨毯のように、マナちゃんをいろんな場所へ運んでいく。中でも、那須が最も心に残ったのが、終盤登場する戦場の場面だ。

「カンパネルラから問われる“それともこの世の中に戦場はないって言うの?”っていう台詞が私の中ではすごく大きくて。そうだよなって考えさせられる台詞。私自身も、戦争のこととかいろんなことを考えるきっかけになりました」

狭い部屋の中で閉じこもっていたマナちゃんは、夢の中で世界を旅し、世界を知っていく。そのプロセスは、そのまま甲府南高校演劇部の成長記録でもあるように見えた。役を通じ、幻の世界を生きることで、若き高校生たちは世界の現実を見つめていった。

 

>> 後編へ続く

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