大阪市立鶴見商業高校

ぶち壊した壁の先に。【後編】

「在日コリアン」とは何か。自らのアイデンティティを問うように『ROCK U!』を完成させた3年のチョン。ツルドレンは大会に向けて練習に励むが、「在日」ではない他の部員は役柄の心情が理解できず、葛藤の中にあった。

(Text by Yoshiaki Yokogawa  Photo by Ai Miyazaki)

苦悩する1年生たち。想いのすべてを注ぎこんだ、3つの“うん”。

悩み苦しんだのは、ミレだけではない。鶴商演劇部は、部員の大半を1年生が占める。しかも、そのほとんどが高校に入って初めて演劇にふれた未経験者ばかりだ。九ちゃん先生を演じた1年のモモヤは「ハケる時に右手と右足が同時に出るって、よく怒られました(笑)」と頭を掻く。みんな、役の理解はおろか、発声や滑舌、体の動きなど基礎から厳しく鍛え上げる必要があった。穂恵美に扮した1年のミヤタンも「穂恵美の気持ちを理解するのは難しかった」と振り返る。自身は、大の学校好き。部活に行くのが一番の楽しみだった。一方、穂恵美は学校という社会に拒絶を示し、孤独を装うとする。そこから物語終盤に向けて変化していく心境をどう表現すればいいのか。ミヤタンの迷いは尽きなかった。

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「それでも地道に練習を重ねていくうちに、少しずつ役者たちが役を掴めてきた瞬間が増えるようになってきました」

自らも役者として舞台に立ちながら、チョンは後輩たちの演技の変化を敏感に感じ取っていた。たとえば、茗子役の1年のアレンは、終盤、茗子の心情の機微を3度続く「うん」という相槌で表現しなければならなかった。何度練習しても、その「うん」の違いを表すことができない。文化祭本番に向けて高まる茗子の気持ちをアレンは細かくつぶさに噛み砕いた。そして、声の高さ、強さに巧みに変化をつけ、たった2文字の短い言葉に茗子の想いを集約させた。

「普段、通し稽古をしている時に、私はミレのクライマックスの長台詞で泣きそうになるんですね。でも、ある日、その後に続く茗子の“うん”の3連発でまた泣きそうになった。これはすごいって、はっきり感じる瞬間がありました」

チョンは当時の想い出を辿りながら、そう後輩の頑張りを称える。テーマが難しすぎると尻込みしていた面影は、ツルドレンの中にもうなかった。一人ひとりが役と向き合い、高くそびえる限界の壁を壊そうとしていた。

見えない苦労と努力。同じ舞台に立っている気持ちで。

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一方、スタッフたちもそれぞれの葛藤を乗り越えようとしていた。1年のアメリは音響を担当。大事な音源データが消失したり、本番当日に機器トラブルで音楽が流れないアクシデントに見舞われたり、苦労話を上げればキリがない。中でも、細かいフェードアウトには神経を尖らせた。たとえ舞台に立っていなくても、スタッフも登場人物の心情を表す表現者のひとり。ただきっかけをこなすのではなく、同じ舞台に立っている気持ちで演じること。それが、ツルドレンの考えだ。

「だから風の音ひとつとっても、どれだけ繊細に消え入るようにフェードアウトできるか。繰り返し何度も練習を重ねました」

照明を担当した1年のヨッチも口を揃える。

「暗転の時、チョン先輩からこの時のミレはこんな気持ちだからと何度も教えてもらいました。だけど、なかなかミレの苛立ちに共感することができなくて、ミレの気持ちになってフェードアウトしていくことができなかったですね」

同じく照明を務めた1年のハネコウは「ずっと部員のことは嫌いだった」と胸の内を明かす。しかし、照明として舞台に光を当てるうちに、頑なだったハネコウの心境に変化が訪れる。

「照明を通して、この『ROCK U!』を表現しようと思ったら、舞台に立つ役者のことをもっと理解しなあかんって思ったんです。そこから苦手だったモモヤにも話しかけるようになって、みんなと仲良く喋ったり遊んだりできるようになりました」

演劇は、チームワークの芸術だ。何度もぶつかり合いながら、ひとつになっていったスナたちのように、ツルドレンもまた『ROCK U!』を通して結束を深めていった。1年のミヤタンも「最初は同期も仲は良くなかった」と本音を吐露する。

「だけど、先輩からのダメ出しが辛くて落ち込んだり、思うような演技ができなくて泣いたり、そんな時に同じ1年の仲間が支えてくれた。弱い自分をさらけ出して、みんなで支え合う大切さを、『ROCK U!』が教えてくれたんです」

そして上演へ。大会を席巻したROCKの鼓動。

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11月、いよいよ地区大会の本番が近づいてきた。圧倒的なカリスマ性で部員を引っ張ってきたチョンだったが、心中は不安を隠せなかった。

「1年の時に顧問の松山先生が書いた『がらがらがら、ぱっ』が近畿で優秀賞を獲って、私は春秋座の舞台に立つことができたんです。もう一度、春秋座に立ちたいと思って臨んだ2年の大会は、まさかの地区敗退。それが悔しくて、絶対に近畿に行きたいという気持ちはありました」

これまで大会は顧問創作の作品で挑戦してきた。初の生徒創作。脚本の出来は、芝居の完成度に大きく影響を与える。これまでの鶴商カラーと異なる『ROCK U!』は果たして評価されるのか。自信と不安の間で揺れ惑っていた。

だが、幕が開ければ、部員たちの想いが凝縮した『ROCK U!』は地区大会から大絶賛を浴びる。最優秀賞ほか主要な賞を総なめし、府大会へ進出。強豪ひしめく府大会でも「満場一致」の選出で、近畿大会へと勝ち上がった。ステージのたびに大泣きする部員たちをよそに、チョンは平常心を貫いた。だが、それでも忘れられない観客からの声があった。

「朝鮮学校時代の同級生が何人もお芝居を観にきてくれたんです。同じ葛藤を抱える仲間から、“私たちの想いを代弁してくれた。ぜひ朝鮮学校でもやってほしい”と泣きながら言ってもらえた時は、『ROCK U!』をやって良かったと心から思えました」

目標だった近畿大会へと駒を進め、チョンは視界にはっきり全国出場をとらえていた。運命の講評。最優秀賞でコールされたのは、『ROCK U!』だった。発表の瞬間、部員一同から歓声が沸き上がった。審査員からは「在日コリアンの多い大阪という地域から全国へ送り出すにふさわしい芝居」と評された。「その言葉が嬉しかった」とチョンははにかむ。演劇を通して、「在日コリアン」の存在を多くの人に知ってもらいたい。チョンの中でくすぶっていた想いが、使命に変わった瞬間だった。

tsuru14「運が良かったはもちろんある。ダメ出しだっていっぱいもらいました。それでも、みんなで一丸になってやったこの『ROCK U!』を観て、たくさんのお客様が泣いたり笑ったりしてくれた。それが何より嬉しかったです。演劇は、お客様に楽しんでもらえてこそ意味がある。そのことをはっきり理解できた。自分がこれからも演劇を続けていく上で何を伝えたいのか。それが明確になった芝居でした」

新生・ツルドレンのスタート。壁の先に見つけた自分たちの居場所。

tsuru213月、チョンをはじめ、中心メンバーだった部員の多くが卒業を迎えた。夏の全国大会を前に、『ROCK U!』は演出も主要キャストも大きく様変わりすることとなった。チョンの想いがつまったこのバトンをどう受け継いでいくか。現役生に託されたプレッシャーは、決して軽いものではない。部長を務める2年のヒーローは、まっすぐ前を見据えて決意を口にする。

「全国に決まった時、嬉しいよりも、どうしようという不安が大きかった。それでも全国に向けて少しずつ準備を進めていく中で、新しい『ROCK U!』を見せたいという気持ちは強くなってきました」

3年の先輩がやった方が良かったなんて言わせない。チョンという強烈な求心力を失ったツルドレンは、新しい自分たちのスタイルを確立しようとしていた。

「これから入ってくる新入生と一緒に、パワーアップした『ROCK U!』を全国で見せたいですね」

9月の台本決定から約7ヶ月に渡って演じ続けた『ROCK U!』が、部員たちに残したものは何だろうか。「こんなに演劇が大変なものだとは思わなかった」と笑いながら、モモヤは力強く宣言した。

「僕にとって、『ROCK U!』は宝物です」

中学時代、学校中の同級生とほぼ絶交状態にあったという過去を持つヨッチも、目を腫らしながら言葉をつないだ。

「自分にとって演劇部に入ること自体が大きな挑戦でした。でも、『ROCK U!』がきっかけで人と接することが面白いと思えるようになったり、こんな自分を先輩や仲間が励ましてくれたり、『ROCK U!』は私にとってすごく大切なものになりました」

エミリ役の3年のハルチンは、この春、ツルドレンを巣立ち、新しい世界へ旅立つ。青春のすべてを捧げた3年間の演劇部生活を回想しながら、最後にこう締め括った。

tsuru20「この3年間、ずっと自分の居場所はどこなんだろうって悩んでばかりいました。演劇部が自分の居場所だってことはわかってた。でも、そこで自分に何ができるのかわからなくて、どの位置にいればいいのか不安で、自信を持って言うことができませんでした。それがエミリという役に出会って、自分の居場所を探すミレたちと舞台の上で一緒に生きていくうちに、“みんな一緒なんや”って思えるようになった。何ができるかわからんくても、ここにおるだけで意味がある。『ROCK U!』は、私にとってそんなことを教えてくれた芝居でした」

ROCKとは、何かをぶち壊すもの。劇中で、壁を壊そうと拳を掲げた少女たちのように、ツルドレンも7ヶ月という貴重な時間を通じて、それぞれが自分の壁と向き合い、乗り越えていった。学年が変わり、メンバーが入れ替わっても、その絆は決して消えない。小さな視聴覚室を稽古場に、一心不乱で駆け抜けた時間は、変わることない居場所として部員たちの間で輝き続ける。

 

 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

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