大阪府立東住吉高校

コンプレックスだらけの僕たちは。【後編】

自分たちの代の強みは何なんだろう。そんな葛藤を抱えながら、彼らがコンクールの舞台に選んだのは、地球最後の日を描く壮大なファンタジーだった。高校演劇らしさは、ゼロ。だからこそ、ラストシーンは今の自分たちのむき出しの想いをそのままにぶつけた。果たして、どんな評価がくだされるのか。審査の時は、すぐそこに近づいていた。

(Text&Photo by Yoshiaki Yokogawa)

厳しかった先輩が見せた涙。感謝と歓喜の地区通過。

higasumi9今度こそ上のステージに上がりたい。大勢のお客様にヒガスミ演劇を見てほしい。想いをこめて臨んだ地区本番は大きなミスもなく無事に幕を閉じた。

迎えた講評の時間。達成感は、確かにある。だけど、それが評価につながるかはわからない。昨年の悪夢が脳裏をかすめる中、各賞が次々と発表された。最後に残った最優秀賞。府大会への切符は2枚。上演1校目だった自分たちは最初に名前を呼ばれなければ、その時点でもう可能性はない。ゆっくりと開く審査員の唇を、全員が息を止めて見守った。

「最優秀賞、東住吉高校」

そう呼ばれた瞬間、ひと際、大きな歓声が上がった。自分たちではない。後ろを振り返ると、2階のギャラリーで見守っていた3年の先輩やOBOGが、自分たちよりも大きな声で喜んでいた。

higasumi6「めっちゃ上が喜んでて。“うるさ!”ってなりました」

木佐は、そう茶化して笑った。それは、調子のいい彼女らしい照れ隠しのように見えた。昨年、夢を逃して誰よりも悔しかったのは、3年の先輩だった。だからこそ、自分たちが府大会に上がることを誰よりも願っていたのもまた先輩たちだった。木佐は、当時のことを思い浮かべながら、あるひとりの先輩の話をした。この大会のために、ただひとり復帰を果たした3年の寺田のことだ。どの先輩よりも厳しく、どの先輩よりもよく叱られた。正直、打ち解けるのにも時間がかかった。でも、同じ役者として負けたくないと思う相手も、寺田だった。

higasumi5「上演が終わって、メッセージボードを見に行ったら、私が演じたニナのことをお客さんがいっぱい書いてくれていて。そのことを先輩に話したら、“アンタが目立ってくれて私も嬉しい”ってボロボロ泣き出したんです。講評の時も、帰り道もずっと号泣。寺田先輩が泣いてくれたことが、すごく嬉しかった」

中村も「自分たちのために泣いてくれる人がいて嬉しかった」と感謝の言葉を続けた。「人生でこんなに泣いたことはない」というほどに悔し涙に濡れた1年前。今度は支えてくれたすべての人への感謝を噛みしめ、人生最高の嬉し涙でヒガスミ演劇部は地区大会を終えた。

緊張と充実の特別レッスン。府大会へ、迷いは晴れた。

higasumi21一方で府大会に向けて課題も多く残った。もともと個人演技賞を目指していた木佐は、1年の東にその栄誉をさらわれた。人一倍負けん気の強い木佐だ。悔しくないわけがない。次のチャンスを与えられた。今度こそ自分が個人演技賞を。そう意気込むものの、OGから「脇役のひとりにおさまった」と評を受けた。木佐の演じるニナは、20代後半のカメラマン。オバさんと呼ばれるほどではないが、大人の貫録を見せなければいけない微妙な年齢だ。また、単にステレオタイプのカッコいい大人の女性にしたくないという意地もあった。その絶妙なニュアンスをつくり出すのに、木佐は苦しめられていた。

そんな時、ある人物が東住吉高校を訪ねた。OGの縁で、プロとして活躍する役者が稽古を見にやってきたのだ。初めて間近で受けるプロの役者のアドバイスは、悩む木佐に光をもたらした。

「私はそれまで自分をどう見せるかばかりずっと考えてました。でも、その時、“相手をどう見せるかが大事”って言われたのが心にグッと来て。自分をカッコよく見せようとしたら自己満足になる。そうじゃなくて、相手が子どもに見えたら自然とニナが大人に見える。相手との空間の中で自分をどう見せるか。その気づきを得られたことが、大きなポイントになりました」

掴めなかった役の気持ち。はまった最後の1ピース。

また、テロリストのリーダー・ヒデを演じた比嘉も壁にぶち当たっていた。比嘉にとって、この大会は1年ぶりの役者登板。しかし、チームを組む相手は2人とも1年生。人一倍後輩への愛情が厚い比嘉は、自分が2人を引っ張らなければという意気込みに、当初はどこか空回りしているかのようだった。もともと責任感が強い反面、すぐ自分を追いこんでしまう不器用な性格だ。他人に頼るんじゃなく、まずは自分で答えを出したい。そう意地を張ったことも少なくない。減らないダメ出し。掴みきれない役の気持ち。府大会まで残された猶予は2週間。どう磨きをかけていくか。答えが出ないまま時間だけが過ぎていった。

higasumi26「特に悩んでいたのが、クライマックスですね。ヒデは最後に弟分のヤスと仲たがいをする。そこからすぐに和解をして涙を流すんですけど、その気持ちの流れがどうしてもついていけなくて。どう演じればいいのかずっとわからなかったんです」

しかし、訪れたプロの役者のアドバイスに、比嘉もはまりきらなかった最後の1ピースをようやく見つけた。

「“きっと涙は見せたくないんちゃうか。こういう時こそカッコつけたいんちゃうか”ってアドバイスをもらって。その言葉のおかげで自分の中でヒデの気持ちの流れが見えたんです」

そこから演技がぐっと良くなった。自然に感情を示せるようになった。時間にすれば、わずか2時間。短い指導だった。しかし、その2時間は、確実に彼らの演技に大きな変化を与えた。

自分たちのやりたい表現を貫く。最後の叫びに、すべてをこめて。

higasumi17だが一方で、最後の最後まで悩んだものもある。それが、ラストシーンの演出だった。地区大会でも賛否両論を呼んだ。ありったけの力で叫ぶモノローグは、何を言っているのかわからないと改善を促す声が上がった。榊は、指導に来たプロの役者に教えを乞い、センテンスごとに呼吸を置き、きちんと声を揃えるメソッドを学んだ。その甲斐あって、群唱は劇的に聞き取りやすくなった。またひとつ課題をクリアしたかに見えた。

しかし、群唱が美しくなればなるほど、当初のエネルギーは消えてしまった。「まだ終わりたくない」という気持ちをこめた精一杯の叫びは影をひそめた。そうコーチから指摘され、演出の榊は再び判断を迫られた。どうすることが正解なのか。演劇に答えはないとして、ならば自分たちにとってのベストは何か。考えて、考えて、考えた末に榊がとった選択は、元の芝居に戻すことだった。

higasumi15たとえ不揃いだと言われても、たとえ無様だと言われても、最後の叫びに感情のすべてをぶつけよう。それが、榊がこだわりぬいた“小さな幸せ”を届けるのための最善策だった。

「いろいろやり方を探して、結局最後にはいちばんはじめにやってたやり方に戻るということがある。だけど、それは意味のある回り道だって前からよく言われていて。たぶんこの場面もそう。一周回ったからこそ納得いくものができた。この場面が、自分の中の“集大成”です」

自分たちのお芝居ができた。客席を惹きこんだ圧巻の60分。

higasumi2511月16日、府大会本番。ヒガスミ演劇部の上演順は、大トリのひとつ手前だった。1年半、舞台をつくり続けたが、アウェーでの芝居は初めて。慣れ親しんだ自校のホールの何十倍という広さに、ただひたすら圧倒された。だが、目立った実績のない自分たちは、この舞台ではチャレンジャー。だから恐れず思い切りやればいい。約60分、いつもと違う景色の中で、いつも以上のお芝居を、役者も裏方もつくり上げた。

中村は「今でも幕が閉じる瞬間が忘れられない」と想いを馳せる。

「みんなで最後の群唱を言い終わった瞬間、“やべえ!”ってなった。今でもひとりになると、あの時のことを思い出すんです」

客席も幕が下りた瞬間、特別な空気に沸き立った。中には友人同士、肩を抱いて泣いている者もいた。自分たちのできるすべてを出し切った。そんな60分だった。

higasumi22そして講評の時間が来た。最優秀賞が順々に呼ばれていく。近畿大会の代表は3枠。自分たちの2つ前に上演した高校が、2枠目に飛び込んだ。最後の1枠。残されたのは自校を含めて3校。自分たちの名が呼ばれることを、全員が手をつないで祈った。

しかし、東住吉高校の名前が呼ばれることはなかった。唯一、木佐が念願の個人演技賞を射止めたものの、最優秀賞にノミネートした7校にも自分たちは漏れていた。焦がれ続けた大きな夢にかすりもしなかった。そんな苦い胸の痛みを残し、11月16日、これが彼らにとって本当の地球最後の1日となった。

悔しさの向こうにあるもの。観客の声が、いちばんの宝物になった。

higasumi23あれから1ヶ月以上が過ぎた今も、時折胸に悔しさはよぎる。だが、それ以上に晴れやかな気持ちも、彼らの中にはある。「初めて見たのにファンになったって言ってもらえて。それがすごく嬉しかった」と高見が頬を綻ばせれば、榊も「いちばん良かったって言ってもらえたのが嬉しかった」と照れ笑いを浮かべる。

自分たちらしさが何かなんて誰にもわからなかった。夢だったオリジナル台本もつくることができず、自分たちの色なんてないんだと悩んだこともあった。けれど気づけば、『星の死ぬ日~地球最後のテロリスト~』は何より自分たちらしい作品になった。あてがきで書かれたわけでもない。けれど、舞台で躍動する9人は、まるであてがきそのもののように輝いていた。音響も照明も舞台美術も高校生離れしたスケールで、観客を圧倒した。

お客様に“小さな幸せ”を届ける。それができたという手応えが、コンプレックスだらけだった自分たちにとっていちばんの勲章になった。

それをいちばん強く感じたのは、彼女かもしれない。

「私はあんまり表に出て目立つタイプじゃない」と、主人公格のひとりであるリノを演じた中村はうつむく。中村もまた個人演技賞が獲りたくて、一生懸命に稽古を重ねてきた。けれど、地区大会でも府大会でも名前を呼ばれることは一度もなかった。悔しいと言えば負けを認めることになる。だから悔しいとは言わなかった。だけど、中村もまた負けず嫌いな性格だ。認めてほしい気持ちがないわけがなかった。

higasumi24そんな中村に最後の最後で“小さな幸せ”が訪れた。府大会が終わった夜、近くの公園で、部員同士、ささやかに労をねぎらい合った。その帰り道、駅の出口で中村は見知らぬ女子高生に突然握手を求められた。女子高生は興奮冷めやらぬ様子で、中村が演じたリノがいちばん大好きだと目を輝かせた。その言葉で、すべてが報われた。私のことを見てくれている人が、1人でもいた。その時の心境を問われると。

「めちゃくちゃ嬉しかったです」

明るい笑顔がトレードマークの中村の、今日いちばんの笑顔が弾けた。

このメンバーだから、ここまで来られた。6人を結ぶ絆のミサンガ。

創作台本が書けずじまいで終わった時、自分たちの代を「どこまで落ちぶれるねん」と卑下した中村は、その時、同期の面々を「誰も信用していない」と吐き捨てた。けれど、走り終えた今、一緒に1年半を過ごしてきた同期のことは「嫌なところはいっぱいあるけれど」と前置きした上で、こう語る。

「いつだったかは覚えてないけど、夜の公園でみんなで喋ることがあって、その時、“いいなあ、このメンバー”って思ったんです。“このまま時間が止まればいいのに”って」

higasumi27そんな6人の足首には、お揃いのミサンガが結んである。これは、部長の高垣が地区大会1週間前にプレゼントした、ささやかなサプライズだった。

アナウンサーのレイを演じた高垣だが、彼女も1年ぶりの役者復帰だった。経験値は後輩とほとんど変わらない。どう感情を出せばいいのか。どう動けばいいのか。何もわからないところからのスタートだった。「はじめのうちは本番が来るのが怖かった」と言うが、それでも高垣がもう一度、役者を選んだのには、ある理由があった。

「2年生にとっては、これが最後の大会。2年同士で同じ板の上に立ちたかった。だから、怖かったけど、役者をやろうと決めたんです」

部長と言っても、決してグイグイ引っ張っていくようなタイプではない。どちらかと言うと、みんなに支えられながらやってきた1年間だった。だからこそ、同じ2年生への気持ちは、深い。大会を突破できますようにと願いをこめて編んだ手作りのミサンガ。それは、不器用で抜けているところばかりだけど、みんなと一緒に舞台が立ちたい一心で1年ぶりの役者復帰を決めた仲間想いの部長らしいアイデアだった。

どんな困難があったとしても。それでも、僕たちは笑っている。

「他の友達との時間とか色恋沙汰とか失ったものはいっぱいある。でも、青春をかけてここでやってきた。20年、30年後に思い返しても、自分が変わるきっかけは演劇部だったって答えると思う」

一言じゃ語り尽くせない1年半を、木佐はそうまとめた。時には「このまま車に轢かれへんかな」と思うこともあったと言う。部活に行くのが嫌になったことなんて、もう数えきれない。それでも、逃げずにやってきた。だから、こうして笑い合える仲間ができた。将来の夢を見つけた。

higasumi14「人生の中で人として変われた1年半だった。本当にリハビリ施設だったと思います」

入部当初から事あるごとに「辞めたい辞めたい」と繰り返してきた榊がそう結んだ。入部当初は無表情だった榊も、この1年半で随分明るく笑えるようになった。

彼らが最後の最後までこだわりぬいたラストシーンのモノローグは、死の迫る地球の情景を謳った後、最後にこんな一言で締め括られる。

「それでも、僕たちは幸せだった。僕たちはいつまでもいつまでも、笑っていた」

思えば彼らの1年半も、そうだった。記憶のアルバムをめくれば、並んでいるのはそっと封をしておきたくなるような辛かった想い出の数々。でもいちばん最後のページには、きっとみんなで一緒に笑っている笑顔の写真がおさめられているはずだ。

どうかこれから彼らが進む道のりもまた、そうであってほしいと願う。人生には、いろんなことがある。それこそ世界の終わりだと本気で思いたくなるような夜もきっとあるだろう。だけど、それがどんな険しい道であっても、“それでも”と胸を張って進んでほしい。コンプレックスだらけの彼らがここで手に入れたのは、どんな壁にも逃げずに立ち向かう勇気だ。

 
 

※文中に表記されている学年は、大会上演時のものです。

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